削除された内容 追加された内容
39行目:
ある雪の日、宗蔵ときえは3年ぶりに町で再会する。大きな油問屋の伊勢屋に嫁して幸せに暮らしているとばかり思っていたきえの、青白くやつれた表情に宗蔵は胸を痛める。きえが嫁ぎ先で酷い扱いを受け寝込んでいることを知った瞬間、彼は武士の面目や世間体を忘れ去って走り出していた。伊勢屋を訪れた宗蔵は、陽のあたらない板の間に寝かされ、やつれ果てたきえを見ると、自分で背負い家に連れ帰る。
 
回復したきえと共に暮らし始め、宗蔵は心の安らぎを覚える。だが、世間の目は二人が同じ家に暮らすことを許さなかった。宗蔵はきえを愛している自分と、彼女の人生を捻じ曲げている自身の狡さに悩む。そんな時、藩に大事件が起きた。宗蔵と同じく藩の剣術指南役・戸田寛斎の門下生だった狭間弥市郎が謀反を企んだ罪で囚われ、さらに山奥の牢を破って逃げ出したのだ。宗蔵は、逃亡した弥市郎を斬るよう、家老の堀に命じられる。そうすれば、狭間と親しかったお前の疑いも晴れると。
 
かつて狭間は門下生の中でも随一の腕前であった。しかしある時を境に宗蔵に抜かれ、それを宗蔵が戸田より授かった「隠し剣鬼の爪」によるものだという不満を抱いていた。狭間の妻からの命乞いを拒んだ宗蔵は、不条理さを感じつつも藩命に従い、狭間との真剣勝負に挑む。戦いの中、宗蔵は語る。鬼の爪とは、狭間の思うような技ではないと。そして宗蔵は師より伝授された「龍尾返し」を用い、隠し剣を振るうことなく狭間を倒す。深手を負った狭間は「卑怯な騙し技」と罵りながら、失意の中で鉄砲隊に撃たれて死んだ。
 
しかし戦いのあと、家老が狭間の妻を騙し、辱め、彼女を死に追いやった所業を知るにおよび、ついに隠し剣鬼の爪が振るわれる。城内の廊下で進み出て控える宗蔵を見咎め、何の用か問いただ堀。宗蔵が不意に逸らした視線につらたその刹那、全ては終わてい瞬間。無表情に立ち去る宗蔵を呆然と見つめた後、倒れる家老大慌てで医師が呼ばはま見えぬ物堀は事切れていた。遺体を検分した医師も、あまりに奇妙な遺体怪の爪状況匙を投げ、ふと呟く。これは人間ではなく、何かって死んだかようモノられ傷ではないか、と。実は鬼の爪とは、僅かな傷跡を除けば一切の証拠を残さずして一撃・一瞬にして相手を屠る小柄を用いた暗殺短刀術であり、およそ武士が決闘の場で振るうに相応しいものではないどころ、口にするのも憚られる裏の技であったが故に、宗蔵はああ言ったのだった。
 
自分に誠実に生きる意味が深くわかった男の足は、女のもとへ向かっていた。武士を棄てて[[蝦夷]]に向かう宗蔵は、きえに一緒に来て欲しいと素直な言葉で語る。陽光の下で笑いあう二人。