「ディーバ (映画)」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Fusayoshi (会話 | 投稿記録)
パンフが見つからないので公開日が抜けてます。。。。
m ひらがなの「べ」→カタカナの「ベ」
7行目:
| 監督 = [[ジャン=ジャック・ベネックス]]
| 製作総指揮 = [[クロディ・オサール]]
| 製作 = [[セルジュ・シルベルマン]]<br />[[イレーヌ・シルベルマン]]
| 脚本 = ジャン=ジャック・ベネックス<br />ジャン・ヴァン・アム
| 原作 = [[ダニエル・オジエ|デラコルタ]]
| 出演者 = フレデリック・アンドレイ<br />ウィルヘルメニア・フェルナンデス
| 撮影 = [[フィリップ・ルースロ]]
| 音楽 = [[ウラジミール・コスマ]]<br />[[アルフレード・カタラーニ]]
| 編集 = マリ=ジョゼフ・ヨヨット
| 配給 = {{flagicon|JPN}} [[フランス映画社]]
| 公開 = {{flagicon|FRA}} 1981年3月11日<br />{{flagicon|JPN}} 1983年11月
| 上映時間 = 118分
| 製作国 = {{FRA}}
29行目:
本作は[[ジャン=ジャック・ベネックス]]が35歳で監督した初長編映画であるが、[[セザール賞]]で新人監督作品賞など4部門を受賞するなど高く評価された。
 
日本では、1981年12月13日~17〜17日に[[ユニフランス・フィルム]]主催で開催された映画祭「新しいフランス映画を見るフェスティバル」(往復ハガキ応募による抽選による無料上映)の上映5作品中の1本目として「'''わたしのディーバ'''」の初日にThe Space (Hanae Mori ビル5F)に上映(IMDbの日本公開情報は誤り)。その時は直ぐには日本配給には結びつかなかった。
 
しかし、81年[[シカゴ国際映画祭]]シルヴァー・ヒューゴー賞を受賞し、82年[[セザール賞]]4部門受賞で、82年4月にアメリカでも公開。サントラ盤のヒットも併せて「ニュー・フレンチ・アクション・シネマ」、新たな[[カルト映画]]誕生として、話題が各国へ飛び火。日本も遅ればせながら[[フランス映画社]]配給で83年11月にロードショウの運びとなった。その後も、94年に[[ギャガ]]の配給で再公開され人気の程を示した。
46行目:
==スタッフ==
* 監督:[[ジャン=ジャック・ベネックス]]
* 脚本:ジャン=ジャック・ベネックス、 ジャン・ヴァン・アム( 原作小説:[[ダニエル・オジエ|デラコルタ]])
* 製作:[[セルジュ・シルベルマン]]、イレーヌ・シルベルマン
* 音楽:[[ウラディミール・コスマ]] (オリジナル音楽)、[[アルフレード・カタラーニ]]:歌劇「[[ラ・ワリー]]」よりアリア「遠いところへ」)
52行目:
* 装飾:[[ヒルトン・マッコニコ]]
* 編集:[[マリー=ジョゼフ・ヨヨット]]]
* キャスティング:[[ドミニク・スネアール]]
 
== キャスト ==
69行目:
* [[ジャン=リュック・パラーズ]]:ミルモン、同僚の郵便配達員
* [[ロール・デュティユール]]:ミルモンの彼女
* [[ドミニク・スネアール]]:レコード屋の男
* [[ウラジミール・コスマ]]:演奏会指揮者