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特記事項 = [[2006年]][[10月1日]]に株式会社[[庄交ホールディングス]]から陸運業等の事業を譲り受ける目的に設立。|
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'''庄内交通株式会社'''(しょうないこうつう、[[英語|英称]]:''Shonai Kotsu Co.,ltd.'')は、[[山形県]][[鶴岡市]]に本社を置くバス事業者。山形県[[庄内地方]]を中心に路線網を持つ。また、2つの[[有料道路]]を所有し日本で初めいる。[[庄内空港ボルボ・アステローペ]]開港時に、[[全日本空輸|全日空]]庄内地区総代理店業務受託使用航空た事務を開始してい者でもあ(現在は庄交コーポレーションに移管)
 
== 概要 ==
日本で初めて[[ボルボ・アステローペ]]を使用した事業者でもある。
[[1943年]]10月1日、[[戦時統合]]によって庄内地方における[[地方私鉄]]会社であった庄内電鉄と[[バス会社]]であった鶴岡合同自動車、鶴岡出羽自動車、酒田乗合自動車、本間自動車商会の合併によって資本金150万円で庄内交通を設立<ref>『新版山形県大百科事典』P 344</ref>。戦後、[[出羽三山]]参詣を目的とする[[有料道路]]である[[羽黒山有料道路]]、[[湯殿山有料道路]]の供用を開始したほか、乗客も年々増加し運輸事業者として安定した成長を遂げた。しかし、昭和40年代に入り庄内地方にも[[モータリゼーション]]の波が押し寄せ、その影響から乗合バスの乗客は右肩下がりに落ち込み、[[1972年]]には給与の遅配などから組合が半月にわたり[[ストライキ]]を実施<ref name=sogo />。会社存亡の危機に立たされた。この事態を受け当時の役員は総退陣した。以後、庄内交通は主力銀行の[[荘内銀行]]からの支援を得ながら借入金の整理や事業の再編に取り組み、[[1975年]]3月31日には不採算となっていた鉄道事業の[[庄内交通湯野浜線|湯野浜線]]を廃止したほか、遊休不動産の処分も進めた。またバス事業のみでは、会社を安定的に継続させることは困難であるとの認識から、新たな収益源として社有地の再開発へと乗り出した<ref name=sogo />。この方針によって鶴岡市錦町に[[バスターミナル]]併設の[[ショッピングセンター]](SC)として[[庄交モール]](現:エスモール)を建設。[[1978年]]11月、同SCは[[ダイエー]]鶴岡店をキーテナントとして開業した。また、同SCに近接してホテルも建設。[[1981年]]4月7日、子会社の庄交開発が[[第一ホテル]]との提携によって運営する第一イン鶴岡(現:東京第一ホテル鶴岡)も開業した。さらに[[1991年]]10月の[[庄内空港]]開港を見据え同ホテルに接続しホテルアネックスとオフィス層からなる鶴岡SSビルを建設したほか<ref>「庄内交通、社有地の再開発計画 3年後の空港開港控え」『日本経済新聞』1989年6月13日</ref>、同空港開港にあたっては[[全日本空輸|全日空]]と庄内地区総代理店業務を締結。また同社からは[[グランドハンドリング]]業務も受託している。これらに加え、慢性的な路線バス事業の低迷に対処するため、赤字路線を子会社を設立して移管。あつみ交通、庄交小型バス、羽越観光バス、松山観光バス等を設立した<ref name=sogo />。
 
総合生活サービス企業を標榜し、[[1988年]]にはスーパーマーケット運営を目的に庄交ストアを設立。同社がダイエーと[[フランチャイズ|FC]]契約を結び、湯野浜店(鶴岡市)、亀ヶ崎店(酒田市)などを開業。また[[朝日村 (山形県)|朝日村]](現:鶴岡市)に開設した庄交ファミリースキー場の運営を目的に庄交索道も設立した(いずれも現在は事業から撤退)<ref>「庄内交通が2子会社設立 スキー場運営の庄交索道とスーパー運営の庄交ストア」『日経産業新聞』1988年1月11日</ref><ref>「ダイエー FC事業拡大 新しい加盟契約で出店ペース拡大 新たに5ヵ年計画」『日経流通新聞』1988年7月23日</ref>。さらに[[1993年]]10月26日には、[[山形自動車道]][[鶴岡インターチェンジ]]の供用開始を見込み、近隣に[[ドライブイン]]形式の大規模な物産店舗として[[庄内観光物産館]]を開業した。このほかにも[[ゴルフ練習場]]や[[フィットネスクラブ]]など、グループ企業を23社ほど擁した時期もあった<ref name=sogo>「特別インタビュー ポスト50年を睨む 多角化戦略を積極展開し総合生活サービス企業鮮明に 庄内交通代表取締役社長 本山彌氏」『総合交通』1993年12月号</ref>。
 
[[2003年]]5月1日、庄内交通は不動産や物販部門を切り離し、バス事業など旅客部門に特化し、財務基盤の安定と収益力の増強を目的に庄交コーポレーションを設立。庄内交通はバス運行に専従する体制となった<ref>「庄内交通、旅客部門に特化へ、新会社設立、吸収」『朝日新聞山形版』2003年3月18日</ref>。[[2006年]]10月1日、庄内交通とバス事業4社および生活関連会社を統合し、あらたに[[純粋持株会社]]として[[庄交ホールディングス]](庄交HD)を設立。庄交HDは[[完全子会社]]として庄内交通を新設した。
 
== 沿革 ==
[[File:Shonai Kotsu,Co.,ltd.JPG|thumb|200px|庄内交通本社]]
[[ファイル:Shoko Bus Terminal.jpg|thumb|200px|庄交バスターミナル(2007年1月撮影)]]
* [[1928年]](昭和3年)[[9)9月8日]] - 庄内電気鉄道株式会社が設立される
* [[1929年]](昭和4年)[[12)12月8日]] - [[庄内交通湯野浜線|湯野浜線]]開業。
* [[1934年]](昭和9年)[[5)5月14日]] - 庄内電鉄株式会社に社名変更。
* [[1943年]](昭和18年)[[10)10月1日]] - 庄内電鉄とバス事業者4社が合併して、新たに'''庄内交通株式会社'''が設立される
* [[1957年]](昭和32年)[[8)8月15日]] - [[羽黒山有料道路]]供用開始。
* [[1963年]](昭和38年)[[10)10月1日]] - [[湯殿山有料道路]]供用開始。
* [[1975年]](昭和50年)[[3)3月31日]] - 湯野浜線廃止、鉄道事業より撤退。
* [[1989年]](平成元年)- [[仙台 - 酒田・本荘線|酒田・鶴岡 - 仙台線]]運行開始。
* [[1991年]](平成3年)[[10)10月1日]] - [[庄内空港]]開港。空港連絡バス運行開始。
* [[2003年]](平成15年)[[5)5月15日]] - 不動産事業部を存続会社の株式会社[[阪急ホテルマネジメント|東京第一ホテル鶴岡]]へ吸収させ、株式会社[[庄交コーポレーション]]とした。
* [[2006年]](平成18年)[[10)10月1日]] - 庄内交通とバス事業者4社、生活関連会社を統合して、'''庄交ホールディングス'''設立され、庄内交通株式会社は子会社として新たに庄内交通株式会社を設立された
* [[2014年]](平成26年)[[4)4月1日]] - バス事業者3社([[庄内交通観光バス]]・[[あつみ交通]]・[[あさひ交通]])を再合併<ref>[http://www.shonaikotsu.jp/information/osirase.html#news31 庄内交通株式会社の合併のお知らせ](庄内交通 2014年4月)</ref>。
* [[2016年]](平成28年)6月 - 会長に國井英夫、社長に庄交HD取締役の深田光敏が就任<ref>『山形新聞』 2016年6月2日</ref>。
 
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* エスモール - 鶴岡駅前 - 十文字 - 羽黒センター - [[出羽三山|羽黒山頂]] ※地域間幹線系統として国の補助を受ける。
** 羽黒山頂 - [[月山]]八合目 ※季節運行
* エスモール - [[鶴岡駅]]前 - [[小真木原運動公園]]前 / [[鶴岡市立鶴岡第三中学校|三中]]前 - 金峰登山口 - 机
* 《[[山形県立鶴岡中央高等学校|中央高校]] - 》エスモール - 鶴岡駅前 - サウスモール み~な 《 - 協立リハビリ病院 》 - 山添 《 - かたくり温泉ぼんぼ 》 - 落合 - 大綱 - 田麦俣《''' - 湯殿山スキー場''' / '' - 湯殿山口 - [[湯殿山]]''》
:'''太字'''区間:冬期間のスキー可能日の土曜/日曜/休日/年末年始のみ。
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==== 酒田地域 ====
* 酒田市内廻りA・Bコース:庄交バスターミナル - 酒田駅前 - [[酒田医療センター]]前 - イオン酒田南店 - 日本海総合病院 - 古荒新田 - 富士見町 - 酒田駅前 - 庄交バスターミナル
* ゆたか町 - 庄交バスターミナル - 酒田駅前 - 浜中 - 湯野浜温泉
* ゆたか町 - 庄交バスターミナル - 酒田駅前 - イオン酒田南店 - 日本海総合病院 - 新堀 - 局 - [[余目駅]]前
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== 関連項目 ==
* [[庄内交通湯野浜線]] - 廃線
* [[湯殿山有料道路]]
* [[羽黒山有料道路]]
* [[蔵王高速電鉄]]
* [[東北地方の乗合バス事業者]]
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{{Reflist}}
 
== 参考文献 ==
* 山形放送株式会社新版山形県大百科事典発行本部事務局編 『新版山形県大百科事典』 [[山形放送]]、1993年。
 
== 外部リンク ==