「ジョセフ・キーナン」の版間の差分

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生前の彼は、犯罪の取り締まりに辣腕を揮っていたためか、非常に高圧的な性格で「鬼検事」と評され、東京裁判においても、他の連合国検事達からは非常に嫌われていた。特にイギリス代表検察官の[[アーサー・S・コミンズ・カー]]からは「彼は大酒飲みで、白とも黒とも判別できないような人物だ」と酷評されている。
 
[[1977年]]にオランダから派遣された判事だった[[ベルト・レーリンク]]はイタリアの国際法学者[[アントニオ・カッセーゼ]]([[:en:Antonio Casseze]] )に検察官はアメリカが率いて、裁判の多くの局面で主導権を握っていた。現実に裁判はアメリカのパフォーマンスでありキーナンの指名は政治的なものであり、彼は母国で検察活動に携わっていたが、それも二流だったと思う。彼はよく法廷に酔っ払って現れたという噂があり私自身はそれに気づかなかったが、たしかに彼は仕事に専念していなく、これは彼が主席検察官だったことを考えれば重大なことでありイギリスの検察官のコミンズ・カーのほうがキーナンよりもはるかに能力があった」と批判酷評している<ref>ベルト・レーリンク『レーリンク判事の東京裁判―歴史的証言と展望 』1996年</ref>。
 
== 参考文献 ==