「ポスト・ケインズ派経済学」の版間の差分

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== 歴史 ==
[[1970年代]]、先進工業諸国では高度経済成長が終焉を迎えると同時に、[[スタグフレーション]]、格差拡大、環境問題など、社会問題が深刻さを増していたが、伝統的な経済学はそれら問題に対して何も語ることが出来なかった。このような状況に対して、[[ジョーン・ロビンソン]]は「経済学の第二の危機」を宣言し、[[新古典派経済学#新古典派総合|新古典派総合]]を「似非ケインズ主義」({{Lang|en|bastard Keynesianism}})に他ならぬと糾弾し、ケインズ自身の洞察に改めて立ち返ることによって代替的な経済理論を構築することが急務であると訴えた。これを受けて、1970年代半ばに、経済学の革新を希求する若手経済学者が結集して、ロビンソンを盟主に仰ぐポスト・ケインズ派という新たな研究集団が誕生した<ref name="nabeshima2015">鍋島直樹、「ポスト・ケインズ派:『有効需要の原理』を軸に代替理論の構築をめざす」、『これからの経済学:マルクス、ピケティ、その先へ』(経済セミナー増刊)、日本評論社、66-67頁、2015年。</ref>。近年では、[[2007年]]の[[サブプライム危機]]を契機として[[ハイマン・ミンスキー]]の「金融不安定性仮説」が広く注目されたが、金融危機の理論と実証に関する研究は、現在のポスト・ケインズ派において最も重要な課題のひとつであった<ref name="nabeshima2015" />。比較的最近の派生理論として、[[Modern Monetary Theory]](新表券主義<ref>[[泉正樹]] 『[http://ci.nii.ac.jp/naid/120005592783 貨幣の本源的概念についての覚書]』, 東北学院大学経済学論集 (180), 2013-03, p17-18</ref>〈{{Lang|en|Neochartalism}}〉とも)がある<ref>Lavoie, Marc "[http://www.boeckler.de/pdf/v_2015_10_24_lavoie.pdf What post-Keynesian economics has brought to an understanding of the Global Financial Crisis]" July 2015, p.9</ref>。
 
== 特徴 ==
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* [[道具主義]]ではなく、[[現実主義]]にもとづく認識。仮説は現実と一致するべきである。
* [[方法論的個人主義]]ではなく、有機体論(または全体論)によるアプローチ。フレデリク・プロン([[:fr:Frédéric Poulon]])は例として、ミクロ経済への接続から自立したマクロ経済の可能性を主張し、単純な[[国民経済計算]]への考察ではなく、マクロ経済学自身の省察による分析領域を提唱している。
* 新古典派的な[[経済主体]]が「独立的合理性」(rationalité({{Lang|fr|rationalité absolue)absolue}})に基づく判断を行なうと考えるのではなく、個人や企業は「[[限定合理性|手続き的合理性]]」(bounded({{Lang|en|bounded rationality)rationality}})によることを前提とする。
* 経済における希少性の問題を重要なものとせず、代わりに生産、再生産、成長、流通の問題を分析の中心に置く。
* 新古典派が短期における不完全性や[[外部性]]の存在によって政府の介入を支持するものの、基本的に[[市場原理]]を信頼するのに対し、市場メカニズムの存在自体を疑問視する。よって市場は国家による様々な規制や介入がなされなければならない。
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ポスト・ケインズ派は上述の特徴においては見解が共通しているものの、決して一枚岩の集団ではなく、「ケインズ原理主義」、「カレツキ派」、「スラッファ派」という三つの異なるアプローチが存在する<ref name="nabeshima2015"/><ref>[[宇仁宏幸]]・[[大野隆]](訳)、[[マルク・ラヴォア]](著)『ポストケインズ派経済学入門』、ナカニシヤ出版、2008年、p.27-29</ref>。
=== ケインズ原理主義 ===
ケインズ原理主義({{lang-Lang|en-short|Fundamentalist Keynesian}})とは、『一般理論』におけるケインズの立場を「新古典派経済学の理論や政策的含意だけでなく、その還元主義的方法をも否定していた」と解釈する、急進的なポスト・ケインズ派である<ref name="gerrard2009">ビル・ジェラード「原理主義者のケインジアン(Fundamentalist Keynesians)」、J.E. キング『ポスト・ケインズ派の経済理論』、多賀出版、2009年、179-184頁。</ref>。彼らは、ケインズが至る所で強調していた確率と不確実性の役割を重視しており、特にローソン、キャラベリ、フィッツギボンズ、オドンネルらの著作<ref>それぞれ、<br/>Lawson,T.,"Uncertainty and Economic Analysis," Economic Journal,95(380),909-24,1985,<br/>Carabbli,A.,On Keynes's,.Method, Macmillan, 1988,<br/>Fitzgibbons, A., Keynes's Vision, Clarendon Press, 1988,<br/>O'Donnell, M., Keynes: Philosophy, Economics and Politics, Macmillan, 1989。</ref>
をルーツとする1980年代中盤以降の新しい原理主義者は、『一般理論』第12章における不確実性の議論と『確率論』における哲学的思索との関係をめぐる、原典解釈に力点を置いている<ref name="gerrard2009"/>。
=== カレツキ派 ===
カレツキ派({{lang-Lang|en-short|Kaleckian}})とは、[[ミハウ・カレツキ]]の経済理論から影響を受けたポスト・ケインズ派の一派である。カレツキの景気循環理論はケインズの『一般理論』に欠如していたミクロ経済学的基礎を備えていたため、[[1970年代]]を通じてポスト・ケインズ派経済学の出現を先導した<ref name="toporowski2009">[[ヤン・トポロウスキー]]「カレツキの経済学(Kaleckian Economics)」、J.E. キング『ポスト・ケインズ派の経済理論』、多賀出版、2009年、72-76頁。</ref>。彼らは、階級間コンフリクトの作用に焦点を合わせ、不完全競争経済の下での価格形成と所得分配、および景気循環と経済成長の仕組みの解明を試みる<ref name="nabeshima2015"/>。カレツキ派は、以下の3点において『一般理論』におけるケインズの立場と異なる<ref name="toporowski2009" />。
* 景気循環の原因である投資の不安定について、ケインズが経済人の期待の主観的要素([[アニマル・スピリット]])を重要視したのに対し、カレツキは企業の確信は主に現在の利潤によって決定されるので彼らの主観的要素をこれ以上分析する必要はないとした。
* 流動性選好理論において、ケインズが貨幣に対する総需要および総供給を仮定したのに対し、カレツキは貨幣が経済システムにとって内生的であると考えた。
* ケインズが長期利子率を上回る投資の期待収益率の不安定性によって投資の不安定を説明したのに対し、カレツキは企業部門の内部流動性が利潤や外部金融の水準とともに変動することが投資の不安定性の原因であるとした(危険逓増の原理)。ミンスキーの『金融不安定性の理論』<ref>Minsky,H.P. Stabillizing an Unstable Economy, Yele University Press, 1986.</ref>([[1986年]])もこれを独自に発展させたものである。
=== スラッファ派 ===
スラッファ派({{lang-Lang|en-short|Sraffian}})とは、[[ピエロ・スラッファ]]の洞察に基づき、新古典派限界理論を代替しうる価格と分配の理論を構築しようと試みる、ポスト・ケインズ派の重要な一部門である<ref name="nabeshima2015"/>。新リカード派({{lang|en|Neo-Ricardian}})とも言う<ref>宇仁宏幸、坂口明義、遠山弘徳、鍋島直樹(著)『入門 社会経済学』(第1版)、ナカニシヤ出版、2004年、p.5</ref>。スラッファは、『商品による商品の生産』<ref>Sraffa, P.Producton of Commodities by Means of Commodities, Cambridge University Press, 1960.</ref>([[1960年]])において新古典派分配理論を資本理論の側面から批判した<ref name="mongiovi2009">ゲーリー・モンジオッヴィ「スラッファの経済学(Sraffian Economics)」、J.E. キング『ポスト・ケインズ派の経済理論』、多賀出版、2009年、267-271頁。</ref>。彼らは『一般理論』の中に組み入れられた[[アルフレッド・マーシャル|マーシャル]]的要素を放棄することによって、ケインズ派と主流派の同化を回避すべきと主張する<ref name="mongiovi2009" />。
 
== ポストケインズ派の経済学者 ==