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[[ファイル:Phylogenetic Tree of Life-ja.png|thumb|生物は共通祖先から進化し、多様化してきた。]]
 
'''進化'''(しんか、{{lang-la-short|evolutio}}、{{lang-en-short|evolution}})は、[[生物]]の[[形質]]が[[世代]]を経る中で変化していく現象のことである<ref name="ridley4">Ridley(2004) p.4</ref><ref name="futuyma2">Futuyma(2005) p.2</ref>。
 
{{Main2|進化論の歴史や社会・宗教との関わり|進化論|生物進化を研究する科学分野|進化生物学|進化を意味する英単語の関する諸項目|エボリューション}}
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[[File:Stages in the evolution of the eye.png|thumb|right|300px|[[眼の進化]]]]
 
進化とは、生物[[個体群]]の性質が、世代を経るにつれて変化する現象である<ref name="futuyma2"/><ref name="ridley4"/>。また、その背景にある遺伝的変化を重視し、個体群内の[[遺伝子頻度]]の変化として定義されることもある<ref name="iwanami">『岩波生物学辞典』</ref><ref name="sober">ソーバー(2009) pp.7-8</ref>。この定義により、[[成長]]や[[変態]]のような[[個体]]の[[発生]]上の変化は進化に含まれない<ref name="ridley4"/><ref name="futuyma2"/>。
 
また狭義に、[[種 (分類学)|種]]以上のレベルでの変化のみを進化とみなすこともあるが、一般的ではない<ref name="iwanami"/>。逆に、[[文化]]的伝達による累積的変化や生物[[群集]]の変化をも広く進化と呼ぶこともある<ref name="iwanami"/>。日常表現としては単なる「変化」の同義語として使われることも多く、[[恒星]]や[[政治体制]]が「進化」するということもあるが、これは生物学でいう進化とは異なる<ref name="sober"/>。
 
進化過程である[[器官]]が単純化したり、縮小したりすることを[[退化]]というが<ref name="iwanami"/>、これもあくまで進化の一つである。退化は進化の対義語ではない。
 
==進化の証拠==
生物は不変のものではなく、[[共通祖先]]から長大な年月の間に次第に変化して現生の複雑で多様な生物が生じたということが、膨大な証拠から分かっている<ref name="coyne">コイン(2010)</ref><ref name="dawkins">ドーキンス(2009)</ref>。
 
進化論は、[[チャールズ・ダーウィン]]など複数の[[博物学者]]が[[動物]]や[[植物]]の[[分類学]]的な洞察から導きだした[[仮説]]から始まった。現在の[[自然科学]]ではこの説を裏付ける[[証拠]]が、[[形態学]]、[[遺伝学]]、[[比較発生学]]、[[分子生物学]]などさまざまな分野から提出されており、進化はほぼ確実に起こってきた事実である、と生物学者・科学者からは認められている<ref name="coyne"/><ref name="dawkins"/><ref>Futuyma(2005) p.2</ref>。
 
===古生物学===
進化をはっきりと示す[[化石]]証拠はダーウィンの時代には乏しかったが、現在では豊富に存在する。まず全体的なパターンとして、単純で祖先的と思われる生物は古い[[地層]]からも見つかるが、複雑で現生種に似た生物は新しい地層からしか見つからない<ref>コイン(2010) pp.66-71</ref>。
 
化石証拠の豊富な生物については、化石を年代順に並べることで、特定の[[系統]]の進化を復元することもできる。[[プランクトン]]は死骸が古いものから順に連続的に[[堆積]]していくので、このような研究が容易であり、[[有孔虫]]や[[放散虫]]、[[珪藻]]の形態が徐々に進化し、時には[[種分化]]する過程が確認できる<ref>Ridley(2004) p.64</ref><ref name="coyne72">コイン(2010) pp.72-78</ref>。プランクトン以外にも、[[三葉虫]]の尾節の数の進化を示す一連の化石などがある<ref name="coyne72"/>。
 
====ミッシング・リンク====
[[Image:Tiktaalik roseae life restor.jpg|thumb|right|250px|魚類と両生類の特徴を併せ持つティクターリクの復元画]]
進化を否定する[[創造論]]者は、[[分類群]]間の中間的な特徴を示す化石が得られないことを指して「ミッシング・リンク」と呼んでいる。しかし、分類群間の移行段階と考えられる化石はすでに一部得られている<ref name="coyne78">コイン(2010) pp.78-81</ref><ref>ドーキンス(2009) Ch.6</ref>。分類群の起源となった種そのものを見つけるのは確かに困難だが、それに近縁な種の化石があれば、進化過程を解明するのに充分である<ref name="coyne78"/>。たとえば[[爬虫類]]と[[鳥類]]の特徴を併せ持つ化石には有名な[[始祖鳥]]に加えて、多数の[[羽毛恐竜]]がある<ref>コイン(2010) pp.87-98</ref><ref>Chiappe(2009)</ref>。[[クジラ]]の進化過程は、時折水に入る陸生[[哺乳類]]であった[[インドヒウス]]に始まり、徐々に水中生活に適応していく一連の化石から明らかになっている<ref>コイン(2010) pp.98-105</ref><ref>Thewissen et al.(2009)</ref>。現在の[[魚類]]と[[両生類]]をつなぐ移行化石としては[[エウステノプテロン]]、[[パンデリクチス]]、[[アカンソステガ]]、[[イクチオステガ]]などが知られていたが、さらにパンデリクチスよりも両生類に近く、アカンソステガよりも魚類に近い[[ティクターリク]]が[[2006年]]に発表された<ref>ドーキンス(2009) pp.230-261</ref><ref>シュービン(2008) Ch.2</ref>。[[無脊椎動物]]では、祖先的な[[ハチ]]の特徴と、より新しく進化した[[アリ]]の特徴を併せ持つ[[アケボノアリ]]などの例がある<ref>コイン(2010) pp.106-107</ref>。移行化石は次々と発見されており、たとえば[[2009年]]には、[[鰭脚類]]([[アシカ]]や[[アザラシ]])と陸上[[食肉類]]との中間的な特徴を示す化石<ref>Rybczynski et al.(2009)</ref>や、[[真猿類]]の祖先に近縁だと考えられる[[ダーウィニウス]]の化石<ref>Franzen et al.(2009)</ref>が報告されている<ref>ドーキンス(2009) p.266, pp.275-276</ref>。[[人類]]が他の[[類人猿]]に似た祖先から進化してくる過程を示す化石も見つかっている<ref>コイン(2010) Ch.8</ref><ref>ドーキンス(2009) Ch.7</ref>。
 
===生物地理学から===
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====相似と相同====
進化の証拠は化石だけではなく、現生生物の形態を比較することからも得られている。たとえば[[四肢動物|陸上脊椎動物]]は外見上非常に多様であり、コウモリや鳥のように飛翔するものまで含まれる。それにもかかわらず、すべて基本的には同一の[[骨格]]を持ち、配置を比較することで[[相同]](進化的な由来を同じくする)な[[骨]]を特定することができる。このことは、陸上脊椎動物が単一の共通祖先を持ち、祖先の形態を変化させながら多様化してきたことを示している<ref name="endo">遠藤(2006)</ref><ref>ドーキンス(2009) pp.409-422</ref>。それぞれの種が独立に誕生したとしたら、鳥の[[翼]]と哺乳類の前脚のように全く機能の異なるものを、基本的に同一の骨格の変形のみで作る必然性はない。
 
機能が異なっていても由来と基本的構造を同じくする相同とは逆に、由来や構造の異なる器官が同一の機能を果たし、類似した形態を持つことを[[相似 (生物学)|相似]]という。たとえばコウモリと鳥、[[翼竜]]はどれも前肢が翼となっているが、翼を支持する骨は大きく異なっている<ref>遠藤(2006) pp.109-117</ref>。鳥は[[羽毛]]によって翼の面積を大きくしており、[[掌]]や[[指]]の骨の多くは癒合して数を減らしているのに対し、コウモリは掌と指の骨を非常に長く発達させて、その間に[[膜]]を張ることで翼を構成している。その一方で、翼竜の翼は極端に長く伸びた[[薬指]]1本で支持されている。これは、翼を持たなかった共通祖先から、翼を持つ系統がそれぞれ別個に進化してきた([[収斂進化]])と考えれば合理的に理解できる。
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====痕跡====
[[File:Phalarocorax harrisiDI09P10CA.jpg|thumb|[[ガラパゴスコバネウ]]は飛べないが、痕跡的な翼を持つ。]]
進化がもともとの形態を改変して進んできたのだとしたら、生物には祖先の形態の名残が見られるはずである。実際に[[痕跡器官|痕跡]]の例は枚挙に暇がなく、[[飛べない鳥]]の持つ痕跡的な翼、[[洞窟]]に住む[[ホラアナサンショウウオ]]の痕跡的な[[眼]]、[[ヒト]]の[[虫垂]]などが挙げられる<ref name="coyne112">コイン(2010) pp.112-128</ref><ref>ドーキンス(2009) pp.481-483, pp.490-493</ref>。このような現象は、退化と言われ、進化の一側面をなすと考えられる。これらの器官は必ずしも何の機能も持たないわけではないが、本来の機能を果たしていた祖先からの進化を考えない限り、その存在を説明することはできない<ref name="coyne112"/>。
 
同様の証拠は[[解剖学]]のみならず、[[遺伝子]]の研究からも得られている。分子生物学の研究により、生物の[[ゲノム]]には多数の[[偽遺伝子]]が含まれることが明らかになった。偽遺伝子とは、機能を持つ遺伝子と配列が似ているにもかかわらず、その機能を失っている[[塩基配列]]のことである<ref name="iwanami"/>。偽遺伝子は、かつて機能していた遺伝子が、環境の変化などによって不要になり、機能を失わせる[[突然変異]]が[[自然選択]]によって排除されなくなったことで生じると考えられている。一例として、[[嗅覚受容体]]の遺伝子が挙げられる。多くの哺乳類は[[嗅覚]]に強く依存した生活をしているため、多数の嗅覚[[受容体]]遺伝子を持つ。しかし[[視覚]]への依存が強く嗅覚の重要性が低い[[霊長類]]や、水中生活によって嗅覚が必要なくなった[[イルカ]]類では、嗅覚受容体遺伝子の多くが偽遺伝子として存在している。これは、霊長類やイルカ類が、より嗅覚に依存する生活をしていた祖先から進化したことを強く示唆している<ref>コイン(2010) pp.133-136</ref>。
 
====不合理な形態====
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[[多細胞生物]]は一[[細胞]]の[[卵]]から[[胚発生]]の過程を経て体を形成していく。この過程にも、進化の証拠が多く見られる。
 
有名なのは、[[ドイツ]]の[[生物学者]][[エルンスト・ヘッケル]]の唱えた[[反復説]]である。彼は、「個体発生は系統発生を繰り返す」と言われるように、生物は胚発生の過程でその祖先の形態を繰り返すと主張した。現在では、この説は必ずしも成り立たないものとされているが、それでも発生過程に進化の痕跡を見て取れるのは確かである<ref name="coyne139">コイン(2010) pp.139-151</ref><ref>倉谷(2005)</ref>。たとえば脊椎動物の[[胚]]はすべて魚のような形態をしており、哺乳類のように成体では[[鰓]]を持たないものの胚も[[鰓弓]]を持つ<ref name="coyne139"/>。
 
===観察された進化===
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[[ロシア]]の神経細胞学者、[[リュドミラ・ニコラエブナ・トルット]]と[[ロシア科学アカデミー]]の[[遺伝学者]]、[[ドミトリ・ベリャーエフ]]は共同研究で[[キツネ]]の[[人為選択]]による馴致化実験を行った<ref>[http://siberiandream.net/topic/pet.html 動物好きな研究者の夢 -- 40年の研究からペットギツネが誕生]</ref><ref>[http://jp.rbth.com/articles/2012/03/07/14178.html 実験飼育場で遊ぶキツネ]</ref>。100頭あまりのキツネを掛け合わせ、もっとも人間になつく個体を選択して配合を繰り返すことで、わずか40世代でイヌのようにしっぽを振り、人間になつく個体を生み出すことに成功した。同時に、耳が丸くなるなど飼い犬のような形質を発現することも観察された<ref>[http://www4.nhk.or.jp/dramatic/x/2014-12-14/31/28686/ 地球ドラマチック「不自然な“進化”~今 動物に何が!?~」]</ref><ref>[http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/1103/feature01/ 特集:野生動物 ペットへの道]</ref><ref>[http://www.tokyoprogress.co.jp/report2.html ロシア科学アカデミーシベリア支部 細胞学・遺伝学研究所の「キツネの家畜化研究」]</ref>。これはなつきやすさという性質が、(自然、あるいは人為的に)選択されうることを示している。
 
人為的に進化を引き起こす研究も行われている。エンドラーは[[グッピー]]を異なる環境に移動させることによって、[[雄]]の体色が捕食者と[[雌]]による[[性淘汰#配偶者選択|配偶者選択]]に応じて進化することを明らかにした<ref>ワイナー(1995) pp.119-126</ref><ref>ドーキンス(2009) pp.216-224</ref>。レンスキーらは[[大腸菌]]の長期培養実験によって、代謝能力の進化を観察している<ref>ドーキンス(2009) pp.194-216</ref><ref name="lenski">Blount et al.(2008)</ref>。また[[人為淘汰]]による進化は、[[農業]]における[[品種改良]]に応用されている<ref>Ridley(2004) p.47</ref>。植物では、[[倍数化]]による種分化(後述)を実験的に再現することにも成功している<ref>Ridley(2004) pp.53-54</ref>。
 
==進化のしくみ==
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====自然選択====
[[ファイル:Mutation and selection diagram.svg|thumb|250px|right|自然選択の模式図。図中では色の濃い個体ほど有利とされている。突然変異がさまざまな形質をもたらすが、そのうち生存に好ましくない変異が消滅し、残った個体が次世代に子孫を残す。この繰り返しによって、個体群が進化していく。]]
一部の遺伝的変異はそれを持つ生物個体の[[適応度]](生存と繁殖)に影響する。その多くは適応度を低下させるので、それを持つ個体は子孫を残せず、変異は消失する(負の自然選択)。しかし、なかには適応度を高める突然変異もある。たとえばレンスキーらは大腸菌の長期培養実験のなかで、[[クエン酸]]塩を利用できるようになる突然変異がまれに生じるのを観察した<ref name="lenski"/>。
 
適応度を高める対立遺伝子は、それを持つ個体が持たない個体よりも平均して多くの子孫を残すので、個体群内で頻度を増す。この過程を正の自然選択という。正の自然選択によって、生物個体群は世代を経るにつれてより適応的な形質を持つように進化していく。自然選択は、適応進化を説明できる唯一の機構である<ref>ドーキンス(2004a) p.454</ref>。
 
[[ファイル:Cepaea nemoralis-Nl2.jpg|thumb|モリマイマイの殻の色彩には大きな変異がある。]]
自然選択において有利になる形質は環境条件によって異なる。ヨーロッパに生息する[[カタツムリ]]の一種[[モリマイマイ]]の殻の色彩は変異が大きく、個体群によって色と模様が異なる。これは、生息環境によって捕食者の目を逃れるのに適した色、体温調節に適した色が異なるため、自然選択によって個体群ごとに異なる色彩が進化したのだと考えられる<ref name="patterson96">パターソン(2001) pp.96-99</ref>。形質の適応度がその頻度によって決まることもある。たとえば、もし捕食者が多数派の模様を[[学習]]し、まれなタイプの模様はあまり食べないということがあれば、ある模様の適応度がその頻度が少ないときに高くなる。このような自然選択を[[頻度依存選択]]と呼ぶ<ref name="patterson96"/>。
 
広義には自然選択に含まれるが、[[性選択]]も適応度に影響する。性選択は、配偶者をめぐる同性間の競争や、異性による配偶者の選り好みによって起こる選択のことをいう。たとえば[[コクホウジャク]]という[[鳥]]では、長い[[尾羽]]を持つ雄が雌に好まれるので、そのような雄の適応度は高くなる<ref>Andersson(1982)</ref>。
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遺伝的変異のなかには、適応度に全く、あるいはごくわずかしか影響しないものも多い。その場合には、遺伝子頻度はランダムに、確率的に変動することになる。また適応度に影響する場合でも、確率的な変動の影響は受ける。このランダムな遺伝子頻度の変化を遺伝的浮動という<ref>Futuyma(2005) p.226</ref>。遺伝的浮動はとくに数の少ない個体群において重要である。そのため、少数の個体が新しい生息地に移住して定着した場合に遺伝子頻度が大きく変化することがあり、これを[[創始者効果]]という<ref>Futuyma(2005) pp.231-232</ref>。
 
木村資生は、遺伝子レベルの進化においては遺伝的浮動が重要であると指摘した([[分子進化の中立説]])<ref name="kimura">木村(1988) pp.54-55</ref>。分子進化の中立説は、塩基配列のデータをよく説明できる。表現型レベルでも、適応度上中立な変化であれば遺伝的浮動によって進化することはありうるが、実際にはほとんどないと考えられている<ref name="futuyma236">Futuyma(2005) p.236</ref>(ただし、表現型と分子のそれぞれにおいて、浮動と選択がどの程度重要かについては議論がある<ref>斎藤(2008)は表現型の進化も浮動によって起こる可能性を指摘しているが、逆にオール(2009)は分子進化も相当部分が選択によると主張している。</ref>)。
 
==進化の速度==
===形態の進化===
化石が多く見つかっている系統の進化速度は、より新しい化石と古い化石の形態を比較することで調べることができる。量的な形態進化の速度は、100万年あたり[[ネイピア数]]倍(約2.7倍)の変化を1ダーウィンとして定義する<ref>Ridley(2004) p.591</ref>。離散的な形態の進化については、いくつかの形質状態を定義して、その変化の回数を数えることで計測できる<ref name="ridley606">Ridley(2004) pp.606-607</ref>。分類群の数を利用した進化速度の定義もあり、ある期間におけるある系統がいくつの種(あるいは[[属 (分類学)|属]]などより高次の分類群)に分けられるかによって進化速度を測定する。たとえば、[[ウマ]]類の系統は現生のものを除くと、5000万年の間に8属を経過してきたため、約625万年あたり1属の進化速度で進化してきたと計算できる<ref>シンプソン(1977) pp.102-103</ref>。
 
進化速度は系統によって大きく異なり、進化速度が非常に遅いために祖先の化石種とほとんど変わらない形態を持つものを[[生きている化石]]と呼ぶ。ただし、同じ系統でも進化速度は一定ではない。たとえば[[ハイギョ]]類は生きている化石として有名であり、確かに[[中生代]]以降の進化速度はかなり遅いのだが、[[古生代]]においてはむしろ急速に進化していた<ref name="ridley606"/>。また、すべての形質の進化速度が同じ傾向を示すわけでもない。ヒトの系統が脳の大きさに関して他の霊長類、たとえば[[アイアイ]]に比べて急速な進化を遂げてきたのは明らかだが、同時にアイアイの[[歯]]はヒトの歯よりも初期霊長類と比べて違いが大きく、歯の形態に関してはアイアイのほうが進化速度が速かったと考えられる<ref>シンプソン(1977) p.104</ref>。
 
形態の進化速度に関わる[[断続平衡説]]については、種分化との関連で後ほど取り上げる。
 
===分子進化===
分子レベルの進化速度は、単位時間(あるいは世代数)あたりの塩基置換数として計測できる。分子進化の中立説によれば、世代あたりの塩基置換速度は中立な突然変異率によって決まるため、突然変異率が一定ならば一定の速度で進化すると予測される。この予測は、塩基配列の比較から系統が分岐した年代を推定する[[分子時計]]の根拠となっている<ref name="futuyma236"/><ref>パターソン(2001) p.110-111</ref>。
 
わずかな塩基配列の変化で機能が損なわれるような遺伝子は、中立な突然変異が少ないので、進化速度が遅くなる<ref>Futuyma(2005) pp.236-237</ref><ref>パターソン(2001) p.117</ref>。逆に、もはやその役目を果たさない偽遺伝子ではほとんどの突然変異が中立になるので、進化速度が非常に速い。たとえば、地中に生息し眼が退化した[[シリアヒメメクラネズミ]]では、レンズを作る[[タンパク質]]をコードする遺伝子が偽遺伝子化し、急速に進化している<ref>Hendriks et al.(1987)</ref>。
 
==大進化==
種内で起こる形質の変化を小進化というのに対し、新しい種や、種より高次の分類群の起源や[[絶滅]]のプロセスを大進化という。このような区別がなされるのは、大進化を小進化の積み重ねで説明できるかどうかについて議論があるためである<ref name="kawata">河田(1990) pp.114-115</ref>。しかし一般的には、大進化も小進化の延長として理解できると考えられている<ref name="kawata"/>。
 
===種分化===
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;進化は進歩であるという誤解
:地中で生活するモグラの目が退化していることも進化の結果であるように、進化は必ずしも器官の発達や複雑化をもたらすわけではなく、また知能を発達させるとも限らない<ref>長谷川・長谷川(2000) pp.39-40</ref>。まして、ヒトが進化の頂点であり、進化はヒトを目指して進むなどと考えるべきではない<ref>長谷川・長谷川(2000) p.38</ref>。ヒトは他の現生生物と同じく、各々の環境に適応し、枝分かれしながら進む進化[[系統樹]]の末端の枝の一つにすぎない。ただしこれは進歩を複雑化やヒト化として定義した場合の話であり、定義によっては何らかの「進歩」(適応の向上、[[進化可能性]]の増大など)を進化に見出すことは可能だとする考えもある<ref>ステルレルニー(2004) pp.140-143</ref><ref name="dc">ドーキンス(2004b)</ref>。
 
:この誤解は、進化({{lang-en-short|evolution}})という語にその一因があるかもしれない。英語の「{{lang|en|evolution}}」という語はラテン語の「{{lang|la|evolvere}}」(展開する)に由来し、[[発生学]]においては[[前成説]]の発生過程を意味する語であったほか、日常語としては進歩({{lang|en|progress}})と強く結びついて使われる。そのためダーウィンはこの語をほとんど使わず、変化を伴う由来({{lang|en|descent with modification}})という表現を好んだ<ref name="esd">グールド(1984)</ref>。{{lang|en|evolution}} という語が生物進化の意味で使われるようになったのは[[ハーバート・スペンサー|スペンサー]]の影響である。このことは日本語の「進化」とも関連している。明治初期の日本ではダーウィンよりもスペンサーの影響が大きかったため、{{lang|en|evolution}} は万物の進歩を意味するスペンサーの用語として進化と訳されたが、これが現在にも続く、進化は進歩であるという誤解を招いている<ref>松永(2009) pp.51-52</ref>。
 
;「チンパンジーはいずれヒトに進化するのか」「ヒトがチンパンジーから進化したなら、なぜチンパンジーがまだいるのか」という疑問
[[Image:Ape skeletons.png|thumb|right|250px|ヒトと他の類人猿は、共通の祖先から進化した]]
:ヒトはチンパンジーと共通祖先を持ち、ヒトもチンパンジーもそこから独自の進化を遂げてきたにすぎないため、この疑問は的外れである<ref name="hasegawa">長谷川・長谷川(2000) pp.40-43</ref><ref name="at">ドーキンス(2006) pp.159-160</ref><ref name="watanabe">渡辺(2010) p.68</ref>。ヒトは数百万年前に、[[チンパンジー]](および[[ボノボ]])との共通祖先から分岐したと推定されている。この共通祖先はたまたまヒトよりはチンパンジーに似ていたと思われるが、それはヒトの系統がより多くの変化を遂げた結果にすぎず、共通祖先はチンパンジーともヒトとも異なる類人猿であった<ref name="at"/>。
:この誤解は、生物は下等なものから高等なものまで一列に配列され、進化はその序列の中で梯子を登るように進むという、より深い誤解を反映したものである<ref name="hasegawa"/>。実際には、進化は分岐を繰り返しながら進むものであり、現生の生物はどれも等しく系統樹の末端に位置づけられる。
 
==生物学以外での「進化」概念==
「進化」という概念は、ダーウィン以来の進化生物学の成功により有力となったが、生物学の影響を受けて、あるいはそれとは独立に「進化」という概念は、さまざまな学問分野において重要な役割を果たしている。たとえば、「[[進化経済学]]」<ref name="JAFEE">『進化経済学ハンドブック』「概説」1.「経済における進化」</ref>「進化経営学」「[[進化心理学]]」「[[進化的計算]]」などは前者の例、「宇宙の進化」<ref name="Kaifu">海部・吉岡(2011)</ref>は後者の例である。
 
生物学の影響を受け、「進化」概念を研究・分析の中核に据えるとき、進化生物学の進化概念をどの程度忠実に移植するかについての議論は多い<ref name="JAFEE"/>。進化経済学では、意図せざる進化と共に、意図された進化が重要であるとされることが多い<ref name="Ziman">Ziman(2000), I. Evolutionary thinking</ref>。
 
==脚注==
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*「進化」「偽遺伝子」「退化」{{cite book|和書|chapter=退行的進化|title=岩波生物学辞典|edition=第4版、CD-ROM版|editor=[[八杉龍一]]・[[小関治男]]・古谷雅樹・日高敏隆編集|year=1998|publisher=岩波書店}}
*{{cite book|last=Ziman|first=John|year=2003|title=Technological Innovation as an Evolutionary Process|publisher=Cambridge Uninversity Press|isbn=9780521542173}}
 
 
</div>
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{{Sisterlinks|commons=Category:Evolution}}
*[[ティンバーゲンの4つのなぜ]]
*[[ポケットモンスター (架空の生物)]] - ポケモンの「進化」は生物学でいう「変態」に近く、生物学的な進化とは全く別のものである<!-- <ref name=watanabe/> -->。
*[[ミーム]]
 
==外部リンク==<!-- {{Cite web}} -->
*[http://jvsc.jst.go.jp/earth/sinka/index.html 〈進化〉って何だろう?|JSTバーチャル科学館]
*{{EoE|Evolution|Evolution}}