「リヴォニア帯剣騎士団」の版間の差分

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正式名称は'''リヴォニアのキリスト騎士修道会'''(羅: '''Fratres Militie Christi de Livonia''',独:Schwertbrueder-Orden,英:[[:en:Livonian Brothers of the Sword|Livonian Brothers of the Sword]])。'''刀剣騎士修道会'''とも呼ばれる。[[カトリック教会|ローマ・カトリック教会]]から公認される騎士修道会の一つである。主にバルト地方を中心に活動した。書籍ではしばしばプロイセン地方を活動域とした[[ドイツ騎士団]]と混同されることがある。
 
存続年'''1202~1237'''年
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基本的な規則と内部構造は[[テンプル騎士団]]と同じものであったが、他の[[騎士修道会]]とは違い、騎士修道会の総長のさらに上位に[[リガ]]司教(つまり当初はアルベルト)が君臨し支配していた。
 
この騎士団の目的は、[[バルト三国]]辺りの異教徒達を討伐し服属させ[[カトリック教会|カトリック]]に改宗させることと、在留クリスチャンや宣教師(伝道者)を保護することである。これは、聖地[[イェルサレム]]の守護・奪回や巡礼者の保護を目的としている他の[[騎士修道会]]とは本質的に異なる。