「李嗣源」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
Kokada jnet (会話 | 投稿記録) |
|||
26行目:
== 生涯 ==
=== 出生 ===
出自ははっきりしないが少なくとも[[漢民族]]ではなく、いわゆる「雑胡」で、父は[[代州]]にいた遊牧民族の一首長・錫霓(錫電)<ref>『[[新五代史]]』によると「李霓」または「李電」。</ref>。若いころから武勇に優れて信望厚く、[[李克用]]の
[[契丹]]討伐や[[後梁]]討滅などにおいて活躍し、頭角をあらわした。やがて、李克用の長男・荘宗([[李存勗]])が酒に溺れて次第に政治を顧みなくなり、各地で反乱が勃発すると、その鎮圧に向かうように命じられたが、配下の軍に推されて荘宗を弑逆し、さらに反撃した荘宗の[[太子]]で魏王の[[李継岌]]の軍勢を[[渭水]]でこれを滅ぼし、推戴されて皇帝となった。
|