「メアリー (スコットランド女王)」の版間の差分

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メアリー自身は廃位ののち国を追われ、エリザベス1世の命により[[イングランド]]で刑死したが、その子[[ジェームズ1世 (イングランド王)|ジェームズ]]はスコットランド王として即位し、またエリザベス1世の死後は、イングランド王位をあわせ継いだ。以後スコットランドとイングランドは[[同君連合]]を形づくり、18世紀の[[グレートブリテン王国]]誕生の端緒となった。終生未婚で、子孫を残さなかったエリザベス1世に対し、メアリーの血は連綿として続き、以後のイングランド・スコットランド王、[[グレートブリテン]]王、[[グレートブリテン及びアイルランド連合王国|連合王国]]の王は、すべてメアリーの直系子孫である。
 
 
== 生涯 ==
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== 関連項目 ==
*{{commonscat-inline|Mary, Queen of Scots}}
 
{{スコットランド王|1542年 - 1567年|女王}}
{{Normdaten}}
 
{{DEFAULTSORT:めあり1}}
[[Category:スコットランドの君主]]