「クロティルダ (西ゴート王妃)」の版間の差分

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'''クロティルダ'''('''''Clotilde'''''または[[ラテン語]]で'''''Chrodechildis''''', [[500年]]頃? - [[531年]])は、[[フランク王国]]の王女で、[[クロティルダ (フランク王妃)|同名の母親]]と[[クロヴィス1世]]の娘。[[511年]]に[[西ゴート王国|西ゴート]]王[[アマラリック]]に娶られるも、クロティルダは[[カトリック教会|カトリック]]を、アマラリックと[[西ゴート族]]は[[アリウス派]]を信仰していた。このためアリウス派への[[改宗]]を拒み、信仰のためなら処刑されてもかまわないと身内にこぼしていたという。
 
これが引きがねとなり、[[531年]]に兄[[キルデベルト1世]]と夫アマラリックの間で戦争となる。アマラリックが敗北し、クロティルダはフランク軍とともに帰国することになったが、道中で急死し、[[パリ]]に埋葬された。没年齢は30歳前後
 
== 参考文献 ==