「ハルシュタイン原則」の版間の差分

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この原則は、[[西ドイツ]]が「[[ドイツ]]地域で唯一民主的に選出され、ドイツ人民を代表する正統性を持つ国家である」と位置づけ、「[[ソビエト連邦]]以外で[[ドイツ民主共和国]](東ドイツ)を[[国家の承認|国家承認]]した[[国家]]とは、[[国交]]を断絶する」とし、東ドイツを経済的に孤立させることを目的としていた。
 
[[1957年]]、東ドイツと国交を結んだ[[ユーゴスラビア社会主義連邦共和国|ユーゴスラビア]]に対して最初にこの原則が適用され、ユーゴスラビアと西ドイツは断交状態へ突入した。また、[[キューバ革命]]により[[東側諸国|東側陣営]]入りした[[キューバ]]に対しても、同国と東ドイツの国交樹立に抗議する形で西ドイツは[[1963年]]キューバとの国交を断絶した。
 
しかしながら、[[1960年代]]に入り、東ドイツが[[第三世界]]の新しく独立した国々の多くと国交を結んだことや、[[デタント]]の潮流が強まったため、この原則に固執することが西ドイツ外交にとって不利益をもたらすことが多くなった。