「ポーリーヌ・ボナパルト」の版間の差分

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'''ポーリーヌ・ボナパルト'''('''Pauline Bonaparte''', [[1780年]][[10月20日]] - [[1825年]][[6月9日]])は、[[ナポレオン・ボナパルト]]の2番目の妹。
 
兄のナポレオンに最も可愛がられていた妹で、ナポレオンは彼女を「ポーレット」という愛称で呼んだ。ナポレオンの妹たちには美人が多かったとされるが、なかでも最も美しかったのがポーリーヌであったようである。ただし、彼女自身も兄を敬愛していたが性格は頑固でわがままであったという。
 
ポーリーヌは形のいい小さめの頭に黒髪、はしばみ色の瞳をした美女だったらしい。初めは15歳の時にナポレオンの副官の[[騎兵]]士官[[ジャン=アンドシュ・ジュノー|ジュノー]]将軍と恋仲になった。しかし、ナポレオンは彼が軍隊の給与以外に収入がないことを理由に、2人の結婚を認めなかった。その1年後にポーリーヌは、今度は過激な革命家で名うてのプレイボーイだった[[ルイ=マリ・スタニスラス・フレロン]]に恋をした。ナポレオンや母の[[マリア・レティツィア・ボナパルト|レティツィア]]たちがこの恋愛に反対して彼女を見張り、またナポレオンはポーリーヌの気持ちを冷まさせるため、彼が個人的に使っていた[[セルボローニ宮殿]]に彼女のための部屋を用意させて呼び寄せた。そのためか、まもなくこの恋は自然消滅したようである。この宮殿で、彼女は子供のようないたずらをしたり、要人達をからかってすごしたという。その後、美男で金髪の[[シャルル・ヴィクトール・エマニュエル・ルクレール]]将軍と恋に落ち、結婚した。