「貫頭衣」の版間の差分

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== 歴史 ==
[[三国史]]』「魏書」東夷伝中の倭人条より、[[3世紀]]末の日本の民衆は貫頭衣を着用していたとされている。これは、ポンチョのように一枚の布を二つ折りにし中央に頭を通す穴を穿ったものと解釈されている。
 
しかし、この説には反論もある。当時の織機で織ることができる布の幅は織り手の腰の幅(おおよそ30cm前後)までで、体の側面は完全に覆うことが難しい。また、布に穴をあけると、そこから解れができて長期の使用に耐えないというのが主な理由である。そこで、布を二枚縫い合わせて頭と腕を出す穴のみ縫い残した身二幅の衣装だったのではないかと主張されている。少なくとも[[平安時代]]以降の千早と、台湾の方衣は身二幅である。