「松柳亭鶴枝」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
→‎2代目: 修正
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
6行目:
== 初代 ==
([[1846年]]7月 - 没年不詳)本名:'''北川藤吉'''。
最初は[[春風亭柳枝 (2代目)|2代目春風亭柳枝]]の門で噺家になったがすぐに廃業し、[[幇間]]の[[桜川芝孝]]の門で小芝、噺家に戻り[[談洲楼燕枝 (初代)|初代談洲楼燕枝]]の門で鶴枝となった。持ち芸、[[百面相|]]に「[[生人形]]」の名称付け得意とした。
 
自身の持ち芸、百面相に生人形の名称を付け演じたのが好評となった。特に歌舞伎役者の顔芸が得意で[[片岡仁左衛門 (10代目)|10代目片岡仁左衛門]](3代目[[片岡我童]])の真似では他の追随を許さなかった。そのため「[[松嶋屋]]」(仁左衛門家の[[屋号]])と言われた。「鮹のゆであがり」(鮹が茹で上がるまでを生人形で演じきる)の芸はこの人が元祖で「上赤の鮹」という口癖があった。
 
鶴枝は[[鹿芝居]]にも度々出演していた。