「桜田淳子」の版間の差分

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=== 合同結婚式・芸能活動休止 ===
[[1992年]]6月30日、5日前に[[山崎浩子]]が2か月後に行われる[[世界平和統一家庭連合|世界基督教統一神霊協会|世界平和統一家庭連合]](統一教会)の[[合同結婚式]]に参加することを記者会見したのに続き、同じ合同結婚式に参加することを記者会見で表明した<ref name="daremo">[[光言社]]出版企画部(編) 『誰も書かなかった国際合同結婚式』(光言社 1993年3月1日) ISBN 978-4876560301 </ref>。このとき、統一教会に入信していた姉の影響で19歳頃から入信していたことを自ら明らかにし、その合同結婚式で会社[[役員 (会社)|役員]]と結ばれた。なお、桜田の実父は桜田の姉が統一教会に入信した際、全国原理運動被害者父母の会の支部(現 全国統一協会被害者家族の会)「秋田父母の会 陽光会」に参加し会長を務めたこともあった。
 
この合同結婚式に桜田ら有名人が何人も参加したことによって、統一教会と脱会した元信者らを中心とする反統一教会側との間の訴訟問題がよりクローズアップされるようになった。テレビ放送のワイドショーで統一教会の信者であることや霊感商法に関与したのではとの疑惑を取り沙汰され、また一方的な非難・糾弾報道をされたこともあってか、次第に発言そのものを控えるようになっていった。ちなみに桜田自身がこれらの件で告訴・逮捕・勾留・起訴・有罪判決や民事訴訟を起こされた事実はない。自分の所属していた事務所サンミュージックの社長・[[相澤秀禎]]に[[壷]]を売りつけていたのではという疑惑報道がなされたことがあったが、これについては、社長自身が桜田の親族を通じて200万円の壺を買っており、後日「淳子の純粋な気持ちは分かっている。彼女のためと思って私が買った」と語っている<ref>桜田淳子さん、16年半ぶり公の場…相澤さん通夜[http://www.sanspo.com/geino/news/20130529/oth13052905060019-n1.html]</ref>。