「シチュエーション・コメディ」の版間の差分
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日本でも、このようなコメディは少なくない。日本のテレビ創生期の番組については資料が少なく、どの作品が最初のシットコム作品であったのか断定することは難しいのだが、最初期の物としてよく知られた作品には、[[澤田隆治]]が演出した『[[ダイラケのびっくり捕物帖]]』([[大阪テレビ放送]]、後にABC、[[1957年]]-[[1960年]])が存在し、少なくとも1957年には既にシットコムスタイルの番組が日本で存在していたことがうかがえる。さらに[[ラジオドラマ]]を含めるなら「シットコム」と呼べる作品はもっと古くから存在する(たとえば1954年 - 1965年放送の『[[お父さんはお人好し]]』など)。
特に、著名な作品としては、『[[てなもんや三度笠]]』『[[番頭はんと丁稚どん]]』『[[頓馬天狗]]』などが挙げられ、日本では関西で特に人気があるスタイルだった(1話完結なので、厳密にはシットコムではないが『[[吉本新喜劇]]』も近いスタイルを持っている)。しかし、全国的には、スタジオ収録のドラマが主流になったことや、関西制作の番組が全国放送されることが少なくなったため、1970年代中期には、一般的には廃れてしまった
[[三谷幸喜]]が自身の脚本・演出による『[[HR (テレビドラマ)|HR]]』([[フジテレビジョン|フジテレビ]]、[[2002年]]-[[2003年]])を「日本初の本格的シットコム」との謳い文句で放送したが、小林信彦が[[週刊文春]]の連載コラム『本音を申せば』2003年1月16日号で「日本初の本格的シットコムは1960年代に放映された『[[スチャラカ社員]]』である」と物言いをつけた<ref>小林『花と爆弾 - 人生は五十一から』参照</ref>。小林はその回の中で「当時[[ハリウッド]]の演出家が偶然この番組のカット割りを見て、日本にもシットコムのようなものがあるのかと驚いた」というエピソードを紹介し、『スチャラカ―』こそが「日本初の本格的シットコム」であると主張した。やはり三谷が脚本を手掛けた『[[やっぱり猫が好き]]』、『[[子供、ほしいね]]』などもシチュエーション・コメディ(シットコム)だと紹介されることがある。
2009年、NHKにて黒木瞳主演『[[ママさんバレーでつかまえて]]』が放送
2011年、テレビ東京にて『[[ウレロ☆未確認少女]]』が放送。出演は[[劇団ひとり]]、[[バカリズム]]、[[東京03]]といった実力派[[コント]]師に、[[早見あかり]]が紅一点として加わる。
== 脚注 ==
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