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== 城下町 ==
{{see also|鹿児島市の地名の変遷}}
鹿児島城の城下町は、上町(かんまち)、下町及び、上町・下町のどちらにも属さない町を含め47町から構成されていた。明治時代の[[市制]]施行時に城下町に当たる区域は全て[[鹿児島市]]を構成することとなった。
 
また、城下町及び城下町に隣接する鹿児島近在には[[鹿児島藩|薩摩藩]]の地方支配制度である[[外城制]](とじょうせい)は適用されず、鹿児島藩庁の直轄支配を受けた<ref>[https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/14/3/14_3_236/_pdf 鹿児島県の都市階層と分布の分析] - 鈴木公</ref>。
 
上町は鎌倉時代より守護が居住していた東福寺城の城下に守護町が形成されたのが始まりであると言われており、その後現在の[[鹿児島市立清水中学校]]付近に移転したころより町屋が広がり始め、町屋敷群が形成された。また、海沿いに位置していた恵美須町などは海運、漁業などで栄え、それに従事する者や商人などが居住していた<ref name="kanmachi">『鹿児島上町の歴史と文化』 - 鹿児島玉龍高等学校(現在の[[鹿児島市立鹿児島玉龍中学校・高等学校]]) pp.119-120</ref>。
 
上町(かんまち)は市制施行時の小川町、和泉屋町、恵美須町、車町、栄町、柳町、浜町、向江町の区域にあたり<ref>『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 角川書店 p.229</ref>、鹿児島城の堀の西端部から海岸へ流れる名山堀より北側の区域に該当する<ref name="kanmachi"/>。
 
一方、名山堀より南側は下町(しもまち)と呼ばれ、山下町、易居町、生産町、六日町、築町、汐見町、泉町、金生町、中町、呉服町、大黒町、堀江町、住吉町、船津町、新町、松原通町が下町の区域にあたり、下町も上町と同様に町屋敷が連なる区域であった<ref>『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 角川書店 p.346</ref>。
 
また、鹿児島城下に属すが、上町及び下町のどちらにも属していない町は新照院通町、薬師馬場町、鷹師馬場町、西田町、平之馬場町、西千石馬場町、東千石馬場町、加治屋町、山之口馬場町、樋之口通町、新屋敷通町、下荒田町、高麗町、上之園通町、冷水通町、長田町、下竜尾町、上竜尾町、池之上町、皷川町、稲荷馬場町、清水馬場町、春日小路町があった。これらの区域の多くは武士屋敷群から構成されており、鹿児島城付近に上級武士、郊外に下級武士や郷士が居住していた。
 
== 現状 ==