「キリスト教共産主義」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
→‎概要: 除去:出典がない。通説ではない
4行目:
 
== 概要 ==
「[[イエス・キリスト]]の教えによれば、キリスト教徒達が[[共産主義]]を理想的な社会体制として支持しなければならない」という見解に根拠をおき発達した神学的で政治的な理論。キリスト教共産主義が何時生じたのかは正確には判っていない。イエスが所属していたとされる[[エッセネ派]]では財産が共有されていた。[[新約聖書]]の[[使徒行伝]]によれば、[[エルサレム教会]]では財産を共有する[[キリスト教社会主義]]共同体を維持したとされている。<ref>[[使徒行伝]]、第2章:44-46、第4章:32</ref>エルサレム教会とは神学性格が違った[[使徒]][[パウロ]]や[[ヤコブ (イエスの兄弟)|ヤコブ]]も、教会では教友達の間の不平等があってはいけないと信じた。[[アウグスティヌス]]も哲学について述べているが、自由に共有すべきと考えていた(このことから[[フリーソフトウェア]]などの知的財産の無償性を唱えた最初の人物であるとみなされることがある)。また、[[中世]]の[[教会法]]では万物が神の財産であり、「神のもの」だから財産の私有は正しくなく、財産の共有が正しいという見解が主流だった。[[宗教改革]]期においても、[[アナバプテスト]]等の急進的な[[プロテスタント]]教派達は、財産共有を主張しながら、平等社会の具現を、キリスト教を通じて成そうとした。
 
キリスト教共産主義は、穏健なキリスト教社会主義と、急進的な[[キリスト教アナキズム]]の中間に位置するとされている。キリスト教共産主義者達は、大部分の[[マルクス主義]]者達が持つ[[無神論]]的な視覚等いくつかの部分に異見を提示しているが、「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方がもっとやさしい」や「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。」などといったキリスト教の言葉を根拠に、[[資本家]]が[[プロレタリアート|労働者階級]]から[[剰余価値]]を[[搾取]]して[[利益]]を得る、といった経済的な綱領や、資本主義が[[社会主義]]に入れ替えられ、最終的には共産主義に発展する、といったマルクス主義者達の政治的な綱領には同意している。