「プウク式」の版間の差分

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[[画像:Labná by Catherwood.jpg|thumbnail|300px|right|ラブナ遺跡のアーチ。[[フレデリックキャザウッド]]画]]
[[画像:Nunnery_Quadrangle_of_Chichen_Itza.JPG|thumb|300px|right|チチェンイッツア遺跡の「尼僧院」の一部。フレデリックキャザウッドの石版画]]
[[画像:KabahMasksCatherwood.jpg|thumb|300px|right|カバー遺跡コズ・ホープ神殿壁面に見られるチャックの面。フレデリックキャザウッド画]]
[[Image:Uxmal nunnery by Catherwood 02.jpg|thumb|300px|right|ウシュマル遺跡の「尼僧院」の一部。フレデリックキャザウッドの石版画]]
 
'''プウク式'''(Puuc Style)は、[[ユカタン半島]]北部で、[[古典期]]後期から[[後古典期]]にかけて盛行した[[マヤ文明]]の建築様式の一種。
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多くのプウク式の建造物には、長い「鼻」を垂れ下げた雨神[[チャク]]の顔が見られる。
 
最も有名なプウク式の建造物は、'''[[ウシュマル]]'''遺跡の「尼僧院」や「総督の館」、そして一面のチャックの顔で知られる'''[[カバー (マヤ文明)|カバー]]'''遺跡のコズ・ホープ神殿などである。ウシュマルの建造物は、'''[[フランク・ロイド・ライト]]'''の建築にも影響を与え、[[博物館明治村]]に残された旧帝国ホテルのデザインに見事に応用されている。そのほか、'''[[ラブナー]]'''遺跡の「アーチ」、'''[[サイール]]'''遺跡の「宮殿」などが挙げられる。はるか南東方向にある[[エズナ]]遺跡には、美しい「五層の神殿」が見られ、'''[[チチェンイッツア]]'''遺跡にもいくつかのプウク式の建物が見られる。
 
なお、プウク様式と[[トルテカ・マヤ様式]]の建造物は、前者が古く後者が新しいとの時間的な格差があるとされていたが、建築や土器の出土状態にほとんど新旧関係がみられず、むしろ同時並存であったことが判明している。