「ドン・フジイ」の版間の差分

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元力士のため、闘龍門系レスラーとしては珍しい中肉中背の体格である。周りには二枚目でスラッとした体型の選手が大半を占める中、「羨ましくないですか?」との新聞社の質問に「俺の目標は[[マイティ井上]]さんのような[[あんこ (相撲)|あんこ型]]で強いレスラー」と返している。
 
また年が変わる毎にリングネームを変えていた。「スモー・フジ」、「スモー“ダンディ”フジ」、「ビッグ・フジ」、そして現在は「ドン・フジイ」。[[ドン荒川]]をモチーフにしたドン・フジイに改名した当時、周囲に[[PRIDE (格闘技イベント)|PRIDE]]で暴れていた「狂乱の格闘王」[[ドン・フライ]]に間違われたという。実際CIMAもドン・フライが元ネタだと思っていたため、改名を宣言した時にフジイが公表した[[掛け軸]]には「ドンフジイ」と書かれていたが「藤井さん、点はいらないんですか?」とツッコんだため結局ドン・フジイになった。その後に改名はなく、現在もドン・フジイのままである。
 
2006年8月、WARのベルトであったIJタッグ選手権の王者決定リーグに[[神田裕之]]とのタッグで参加するが1回戦で敗れる。しかし[[黒木克昌|マグナムTOKYO]]の負傷により急遽[[望月成晃]]のパートナーに指名され、見事王者となった。さらに2006年11月23日に団体最高峰のベルトである[[オープン・ザ・ドリームゲート王座]]に挑戦し、見事第6代王者となるなど2006年は大躍進の年であるといえる。
* [[オープン・ザ・お笑いゲート王座]]
* オープン・ザ・お笑いゲートタッグ王座
* [[インターナショナルジュニアタッグ王座|IJタッグ王座]]
; [[大阪プロレス]]
* [[大阪プロレスタッグ王座]]