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1990年4月1日、三井銀行と太陽神戸銀行が合併し、「'''株式会社太陽神戸三井銀行'''」(The Mitsui Taiyo-Kobe Bank,Limited)として誕生。存続会社は三井銀で、[[統一金融機関コード]]0002は同行のものを継承した。[[SWIFTコード]]MITKJPJT(MItsui, Taiyo, Kobeの頭文字に由来)は、さくら銀に行名変更してからも使用された。また、「あなたに近く、世界に近い」をスローガンとして掲げた。
 
本店は旧太陽神戸銀の東京営業部([[東京都]][[千代田区]][[九段南]]一丁目)に置き<ref>『三井住友銀行十年史』P 28</ref><ref group="注釈">[[日比谷三井ビルディング]]に所在した三井銀本店は東京営業部とした。また、西日本の拠点は大阪(旧三井銀大阪営業部)ではなく神戸(旧太陽神戸銀本店・神戸本部)に設けられた。</ref>、会長には[[松下康雄]](太陽神戸銀頭取、元[[大蔵事務次官]])が頭取には末松謙一(三井銀社長)がそれぞれ就任した。合併時における総貸出残高は当時の都銀12行中最大、総預金は2位、店舗数は国内外533店となり、これも最大であった<ref>『三井住友銀行十年史』P 31</ref>。
 
改称前は「'''太神三井'''(たいしんみつい)」という略称も用意されていて地図の表記等に使われてたが、[[1992年]]に「'''さくら銀行'''」に改称。行章である[[サクラ|桜]]は引続き使用された<ref group="注釈">ちなみに旧[[帝国銀行]]の行章は八重桜であった。一部個人の顧客からは「たこさん銀行(太陽の「た」、神戸の「こ」、三井の「さん」)」とも呼ばれ、中華人民共和国では「櫻花銀行」と呼ばれていた。</ref>。