「フィリップ5世 (フランス王)」の版間の差分

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| 君主号 = フランス王・ナバラ王
| 画像 = Philippe V Le Long.JPG
| 画像サイズ = 160px
| 画像説明 =
| 在位 = [[1316年]][[11月20日]] - [[1322年]][[1月3日]]
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| 母親 = ナバラ女王[[フアナ1世 (ナバラ女王)|フアナ1世]]
}}
[[ファイル:Philippe V le Long.jpg|leftright|thumb|180px|フィリップ5世([[フランス国立図書館]]所蔵)]]
'''フィリップ5世'''('''Philippe V''', [[1292年]]/[[1293年]] - [[1322年]][[1月3日]])は、[[フランス王国|フランス]]・[[カペー朝]]の第14代[[フランス君主一覧|国王]](在位:[[1316年]] - 1322年)。[[ナバラ王国|ナバラ]][[ナバラ君主一覧|王]]も兼ねた(フェリペ2世、在位:同)。[[フィリップ4世 (フランス王)|フィリップ4世]]とナバラ女王[[フアナ1世 (ナバラ女王)|フアナ(ジャンヌ)1世]]の次男で、[[ルイ10世 (フランス王)|ルイ10世]]の弟、[[シャルル4世 (フランス王)|シャルル4世]]の兄。長躯王(le Long)と呼ばれた。
 
[[ファイル:Philippe V le Long.jpg|left|thumb|180px|フィリップ5世([[フランス国立図書館]]所蔵)]]
 
== 生涯 ==
1316年、兄ルイ10世が死去し、その後を出生と同時に継いだルイ10世の子[[ジャン1世 (フランス王)|ジャン1世]]も生後4日で早世したため、[[カペー家]]の直系男子は断絶した。このため、一部ではルイ10世の娘[[フアナ2世 (ナバラ女王)|ジャンヌ]]を次期国王として望む声があったが、問題があった。ジャンヌはカペー家の血統ではないと疑問視されていたのである。というのは、ジャンヌの母[[マルグリット・ド・ブルゴーニュ (フランス王妃)|マルグリット]]、フィリップ自身の妻[[ジャンヌ2世 (ブルゴーニュ女伯)|ジャンヌ]]、王弟シャルル(のちの[[シャルル4世 (フランス王)|シャルル4世]])の妻[[ブランシュ・ド・ブルゴーニュ|ブランシュ]]の3人が一大スキャンダルである不倫騒動を起こした([[1314年]]のことで、これにショックを受けた当時の国王フィリップ4世は同年のうちに死去している)張本人だったからである<ref>佐藤、p. 226</ref>。そのためフィリップは、ジャンヌには王家の血筋を継いでいない可能性があるから王位にはふさわしくない、また[[サリカ法典|サリカ法]]に基づいて女子の王位相続は禁止されているとして、ジャンヌを王位から遠ざけ、自身が国王として即位することとなった。
 
王位を継承した直後の2月に三身分会議を招集したのを初めとして、その治世中、度々[[三部会]]または代表集会を開いて戦争のための資金調達を図った<ref>佐藤、p. 232 -
しかし皮肉にも、フィリップ5世は男児に恵まれなかった。そして1322年、男児の無いまま死去し、後を弟のシャルル4世が継ぐこととなった。
233</ref>。
 
しかし皮肉1322年も、フィリップ5世は成長した男児に恵まれかった。そして1322年、男児の無いまま死去し、後を弟のシャルル4世が継ぐこととなった。
 
== 子供 ==
1307年に結婚した妃[[ジャンヌ2世 (ブルゴーニュ女伯)|ジャンヌ・ド・ブルゴーニュ]]との間には2男5女が生まれたが、男子はいずれも夭逝した<ref>佐藤、p. 233</ref>
*[[ジャンヌ3世 (ブルゴーニュ女伯)|ジャンヌ]](1308年 - 1349年)  - [[ブルゴーニュ伯|ブルゴーニュ女伯]]。[[ブルゴーニュ公国|ブルゴーニュ]][[ブルゴーニュ公一覧|公]][[ウード4世 (ブルゴーニュ公)|ウード4世]]と結婚。
*[[マルグリット1世 (ブルゴーニュ女伯)|マルグリット]](1310年 - 1382年)  - ブルゴーニュ女伯。[[フランドル伯]][[ルイ1世 (フランドル伯)|ルイ1世]]と結婚。
*イザベル(1312年 - 1348年)  - ヴィエノワ領主ギグ8世と結婚。
*ブランシュ(1313年 - 1358年)  - 未婚
*フィリップ(1313年 - 1317年)  - 夭逝
*ルイ(1316年 - 1317年)  - 夭逝
*女子(1322年)  - 夭逝
 
== 脚注 ==
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== 参考文献 ==
* 佐藤賢一『カペー朝 フランス王朝史1』講談社現代新書、2009年
 
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