「京急700形電車 (2代)」の版間の差分

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=== MTM化および1000形編成へのサハ770形の挿入 ===
[[1974年]](昭和49年)10月のダイヤ改正で朝ラッシュ時にもっとも混雑する普通列車に700形6両編成が投入され<ref name="RP501p180"/>、同時に[[オイルショック]]に対応した[[節電]]ダイヤで日中に3両編成の普通列車が設定され<ref name="RP775p106"/>たため、これに運用される700形3両編成が組まれた<ref name="RP501p180"/>。1974年10月・11月に729・731・739・741の各編成からサハ770形偶数車が外され<ref name="RP775p110"/>、はず編成から外されたサハ770形は[[京急ファインテック#久里浜事業所|久里浜工場]]に留置された<ref name="RP656p232"/><ref name="花沢1986p45"/>が、車両が痛むため、後に[[金沢検車区]]に移動している<ref name="RP776p35"/>。1975年5月に727・733編成も3両化され、1975年6月にはずされたサハ770形6両が2両ずつ1000形1013(770 - 798組込)、1021(752 - 760組込)、1009(762 – 764組込)の各編成の3両目・4両目に組み込まれ、6両編成となった<ref name="RP775p110"/>。浦賀方に連結されたサハ752・762・770の電動発電機、電動空気圧縮機は取り外された<ref name="RP775p107"/>。
 
1000形4両にサハ770形2両を組み込んだ6両編成では加速度が著しく低下し、扉数が異なることから都営地下鉄1号線乗入運用にも充当できないため<ref name="RP774p107"/>、1975年9月に1009編成が1025編成から転用された1139 – 1140を、11月に1013編成が1041編成から転用された1217 – 1214を品川寄りから3両目・4両目に組み込んで8両編成となり、8両編成の浦賀寄りから5両目・6両目にサハ770形が組み込まれるよう変更された<ref name="RP775p110"/>。1021編成に組み込まれたサハ752・サハ760は1978年3月に編成からはずされ、1000形サハ770形混成の6両編成は消滅した<ref name="RP775p111"/>。6両編成時の加速度は[[抵抗制御#弱界磁(弱め界磁)制御|弱め界磁]]率を25 %から20 %に変更した状態で0.58 [[メートル毎秒毎秒|m/s<sup>2</sup>]]、同じ条件の8両編成で0.67 m/s<sup>2</sup>だった<ref name="RP380p156"/>。
 
8両編成は組み込まれる1000形編成を何回か入れ替え、サハ770形も入れ替わりながら本数を増減させ、1980年2月まで運用された<ref name="RP775p112"/>。サハ770形は800形の増備とともに原編成に復帰し、1980年2月までに全編成が製造時の編成に戻っている<ref name="RP775p108"/><ref name="RP775p112"/>。
 
MTM3両編成は3両編成及び2本組み合わせた6両編成として運用された<ref name="RP775p106"/>ほか、[[1976年]](昭和51年)3月から[[1979年]](昭和54年)7月まで3両編成で空港線でも運用された<ref name="RP775p108"/>。
 
=== 電気笛撤去と試用 ===
1967年製造車に取り付けられていた電気笛は[[1980年]](昭和55年)ごろに撤去され、同じころ705編成と707編成にそれぞれ異なる仕様のものが取り付けられた<ref name="RP776p97"/>。705編成と同仕様のものはその後全営業車両に採用された<ref name="RP656p230"/>。