「赤外線銀河」の版間の差分

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[[File:Iras.jpg|right|thumb|175px|IRAS<br />アメリカ・オランダ・イギリスの共同プロジェクトによる赤外線観測衛星。多数の赤外線銀河を発見した。]]
 
赤外線による天体の観測は、1800年に[[ウィリアム・ハーシェル]]が赤外線を発見<ref>国立天文台編『[[理科年表]] 第79冊 2006年』丸善、2005年、p.545</ref>したことに始まる。ハシェルは太陽光線の中に赤外線を発見したのである。しかし、感度の良い赤外線検出器がなかったため、しばらくの間は惑星や明るい恒星の赤外線を検出することにとどまっていた。しかし、1961年、[[フランク・J・ロー]]が従来の検出器より桁違いに感度の良いゲルマニウムボロメータを開発する。そして、その後さまざまな材料を利用した性能の良い検出器が開発された。1980年代になると、この検出器を並べて、観測結果を2次元イメージで記録することができるアレイ検出器が開発され、これは赤外線天文衛星にも搭載されるようになった。。1983年の[[IRAS]]では62個の検出素子を並べたアレイ検出器が用いられ<ref>[http://www.ipac.caltech.edu/Outreach/Edu/irtech.html NASAのInfrared Processing and Analysis Center (IPAC)のページ](2003年2月5日更新-2010年11月15日閲覧)</ref>、2006年の日本の赤外線天文衛星[[あかり (人工衛星)|あかり]]では、256×256および512×412のアレイ検出器が用いられている<ref>『[http://www.ir.isas.jaxa.jp/ASTRO-F/Outreach/souti.html ASTRO-Fの観測装置]』JAXAのウェブサイト(2011年1月25日閲覧)</ref>。
 
一方、赤外線で[[掃天観測]]する試みは1960年代半ばから行われ、[[ウィルソン山天文台]]で[[方鉛鉱]]を用いた赤外線検出器で全天の約75%の掃天を行ったのが始めである。この時、可視光線ではほとんど見えないが、赤外線で輝く比較的温度の低い恒星を数多く発見した。その後、様々な観測により、我々の銀河系を含む多くの銀河の中心、[[クェーサー]]や[[活動銀河]]が赤外線を強く発していることも発見された<ref>例えば、J. Low, D. E. Kleinmann "Proceedings of the Conference on Seyfert Galaxies and Related Objects: 17 Infrared Observations of Seyfert Galaxies, Quasistellar Sources, and Planetary Nebulae" Astronomical Journal, Vol. 73, 1968, p. 868 を参照。</ref>。
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