「ソッピース」の版間の差分

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当初はソッピース自身が、以前からの個人的に整備士としていたフレッド・シグリストの手助けを得て、ソッピース社式の設計を先導した。その後、戦前のイギリス海軍航空隊向けのあまり目立たないいくつかの設計(例えばスリーシーター、バットボートなど)を経て、ソッピース社最初の大成功作が登場した。それは、速くてコンパクトな(それが名前の由来でもある)[[ソッピース タブロイド|タブロイド]]で、同社のテストパイロットであるオーストラリア出身の[[ハリー・ホーカー]]の影響を受けた最初の設計であった。この機のフロート装備型は1914年の[[シュナイダー・トロフィー・レース|シュナイダー・トロフィー]]を獲得した。また陸上機型は大戦初期の海軍航空隊と陸軍航空隊の両方で使用された。より高いパワーとフロートを備えたタイプは[[ソッピース ベイビー]]となり、それは第一次世界大戦のほとんどの期間、海軍航空隊の馬車馬となって働いた。
 
[[1916年]]に[[ハーバート・スミス]]がソッピース社の主任設計者となると、そのリーダーシップの下、大型のタイプ9901を含む、その他の第一次世界大戦型の傑作機が生み出された。このタイプ9901は「[[ソッピース ストラッター|ソッピース 1½ ストラッター]]」として知られ、斬新な箱型支持構造を持ち、イギリス海陸軍航空隊やフランス航空隊において単座爆撃機、複座戦闘機、あるいは弾着観測機や練習機として使用された。続いてその派生タイプとして、より小型で機敏な単座の、「[[ソッピース パップ|パップ]]」の名で有名になった「スカウト」が登場した<ref>"[http://www.rafmuseum.org.uk/london/collections/aircraft/sopwith-pup.cfm Sopwith Pup] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20081010183207/http://www.rafmuseum.org.uk/london/collections/aircraft/sopwith-pup.cfm |date=2008年10月10日 }}" ''Royal Air Force Museum''. Retrieved: 18 August 2008.</ref>。パップとストラッターは、機関銃をプロペラ回転面を通して発射できる同調装置を持つ[[牽引式 (航空機)|牽引式]]戦闘機として、イギリスで初めて実用化された飛行機である。この装置は、その後いくつかの異なる設計のものが使用されたにも関わらず、その設計者の名からソッピース=カウパー・ギアとして知られた。パップは1916年秋から1917年初夏にかけてイギリス陸軍航空隊および海軍航空隊(母艦から運用された)によって[[西部戦線 (第一次世界大戦)|西部戦線]]で広く使用され、パイロットからも好評だった。パップは戦争の残りの期間、高等練習機として使用された。このパップ(「子犬」)は、ソッピース社の、動物の名がつけられ、全体として「空飛ぶ動物園」として有名となった大戦中の一連の航空機の最初のものとなった。
 
パップに実験的に翼弦の小さい3枚の翼とより強力なエンジンを備えたものが[[ソッピース トライプレーン|トライプレーン]]である。トライプレーンは1917年中の海軍航空隊の4個飛行隊でのみ使用されたが、驚異的な強さを発揮して有名になった。最も本機を活用したのは[[レイモンド・コリショー]]の有名な海軍第10飛行隊の「ブラック・フライト」である。この飛行小隊のあだ名は使用する機体の黒い識別色に由来し、それぞれの機の名前もブラック・マリア、ブラック・プリンス、ブラック・デス(黒死病)、ブラック・ロジャー、そしてブラック・シープと付けられていた。本機のもたらした衝撃は、敵味方両方の航空機製作者に多くの三葉機の試作をさせることとなったが、成功したには[[フォッカー Dr.I|フォッカー三葉機]]のみだった。