削除された内容 追加された内容
JapaneseA (会話 | 投稿記録)
Mr.Krame (会話) による ID:65457147 の版を取り消し
編集の要約なし
82行目:
 
====日本における女優の歴史====
日本では、[[歌舞伎]]の創始者といわれる[[出雲阿国]]のように、江戸時代初期には女性が芝居に出演していたが、[[寛永]]年間(1624年-1643年)に遊女歌舞伎が禁止されたため、それ以降女性が芝居に出ることは原則として不可能になった。代わって、男性が女形として女性の役を演じ、この伝統が明治に入っても続いていた。1899年(明治32年)、川上音二郎一座に所属する[[川上貞奴]]が女形の代役として、サンフランシスコ公演にて急遽出演して成功をおさめ、これによって川上貞奴は、「日本初の女優」と呼ばれるようになった。
 
川上貞奴は、1908年(明治41年)、[[渋沢栄一]]などの後援をえて、東京・[[芝 (東京都港区)|芝]]に「帝国女優養成所」を開所し、本格的に女優育成の事業を開始した。一期生には、[[森律子]]、[[村田嘉久子]]などがいた。
 
1914年(大正3年)、[[小林一三]]が宝塚少女歌劇団(現・宝塚歌劇団)を設立し、女性が男性役も演じる、女性による歌劇・芝居の形式も誕生した。宝塚歌劇団に所属する女優(女性団員)は「[[タカラジェンヌ]]」(宝塚と[[パリジェンヌ]]の合成語)と呼ばれている。
 
====出身====