「アルナ車両」の版間の差分

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日立が受け皿というのは資料提示がないので独自研究
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ナニワ工機時代、[[1954年]]製造の[[阪急1000系電車 (初代)|京阪神急行電鉄1000形]]を皮切りに準張殻構造の軽量車体を開発、親会社である京阪神急行電鉄向けの他、[[奈良電気鉄道]][[奈良電気鉄道デハボ1200形電車|デハボ1200]]・1350形電車(後の[[近鉄680系電車]])、[[くりはら田園鉄道|栗原電鉄]]M15・C15形、[[下津井電鉄線|下津井電鉄]]モハ102・クハ22と、普通鋼製ながら極めて軽量の車体を備える車両を地方私鉄向けに相次いで設計・製造した。
 
その他にも[[東京都交通局5500形電車 (軌道)|東京都交通局5500形]]や[[大阪市交通局3001形電車|大阪市交通局3001形]]といった俗に和製PCC車と呼ばれる高性能路面電車の製造に参加し、トロリーバス向け車体の設計技術を応用した呉市交通局1000形(後の[[伊予鉄道モハ50形電車|伊予鉄道モハ50形1001 - 1003]])をはじめとする超軽量車を各社に供給するなど、路面電車製造の実績が大きく、これは後のアルナ工機解散→アルナ車両の設立に際しても経営方針に大きな影響を及ぼすこととなる。
 
[[1950年代]]、軽量・堅牢な構造の鉄道車両、船舶、建築用の[[アルミニウム|アルミ]][[サッシ]]窓を開発し、発売を開始した。[[アルミニウム]]の接合にフラッシュバット[[溶接]]を日本で初めて採用した「NK式(ナニワ式)窓」の愛称を持つアルミサッシ窓は、当時の[[日本国有鉄道|国鉄]]をはじめとする多くの事業者に好まれ、この分野で圧倒的な市場シェアを獲得した。