「カルト」の版間の差分

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=== 日本 ===
[[統一教会]]信者の奪回・脱会を目的とした弁護士らからなる反カルト集団により、総称的蔑称として、ないしは[[ラベル|レッテル]]貼りを意図して日本に紹介された概念であり{{Sfn|櫻井義秀|1997|pp=114-115}}、[[1995年]]の[[オウム真理教事件]]以後、マスメディアで犯罪行為を犯すような反社会的な集団を指して用い社会的に認知された<ref name="tiezo"/><ref name="rinri"/>。1995-1996年に、マスコミがオウム真理教事件を連日報道する際に、この語を用いたセンセーショナルな記事や単行本が相次いで出版され<ref name="sakurai">{{Cite|和書|author=櫻井義秀|authorlink=櫻井義秀|title=「カルト」を問い直す|date=2006-1-30|publisher=[[中央公論新社]]|isbn=9784121502018|ref=harv}}</ref>、修行に違法薬物を使いられる・公共性を持つはずの宗教が毒ガスによる無差別大量殺人を計画し実施する・大量の武器を所有製作する<ref>{{Cite|和書|author=|authorlink=|title=新宗教 教団・人物事典|date=2006-1-30|publisher=[[弘文堂]]|isbn=|ref=harv}}</ref>といった犯罪行為を犯すような反社会的な宗教集団を指す用語として<ref name="tiezo"/>、急速に広まった<ref name="jiten"/>。よって、現代では、個人や社会に対して破壊的な行為をする集団を指す通俗用語となっている<ref name="jiten"/>。日本では、国家機関によるカルトの集団についての定義は一切存在しないが、裁判の判決理由において、オウム真理教を指して使用した例が確認できる<ref>「我が国のカルト集団等の例」[http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/105/020105_hanrei.pdf]判決文5ページ目参照(裁判所 | 裁判例情報)」</ref><ref>「右翼系カルト『丙』」[http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/704/038704_hanrei.pdf]判決文1ページ末尾参照(裁判所 | 裁判例情報)</ref>。
 
この語句には多義的な意味があるが、宗教や宗教団体に対して使用する場合は、個人の自由や尊厳を侵害し社会的(一般他者との人間関係)に重大な弊害を生じさせている集団、つまりは、反社会的な団体という意味である。個人的な自らの考えや価値観と異なる思想をもつ団体を排他したり蔑む目的で、教義や儀礼(儀式)が奇異に思えるなどの評価を指すために使うべき用語ではない<ref name="jiten">{{Cite|和書|author=大貫隆|authorlink=大貫隆|author2=名取四郎|authorlink2=名取四郎|author3=宮本久雄|authorlink3=宮本久雄|author4=百瀬文晃|authorlink4=百瀬文晃|title=岩波キリスト教辞典|date=2002-6-10|publisher=[[岩波書店]]|isbn=978-4000802024|ref=harv}}</ref>。特定団体を『カルト』であると言うことは、その団体が宗教的多様性を構成する一つの団体というよりも、一般市民に重大な危害を加える団体であるから、何らかの対処が必要だと主張することに等しい<ref>櫻井義秀「キャンパス内のカルト問題」[http://www.jbf.ne.jp/assets/files/pdf/feature/campus/campus615.pdf]</ref>。ところが、反カルト集団により、裁判戦術の「対抗的[[ドグマ]]」として使用された際、まるで、あたかも最新の[[心理学]]ないしは[[宗教学]]の研究結果であるかのように、マスコミに紹介された{{Sfn|櫻井義秀|1997|pp=114-115}}。
 
現代の日本の宗教政策としては、「[[無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律]]」を適用した処分により、旧[[オウム真理教]](現・[[Aleph]]、[[ひかりの輪]])が、長期的に[[臨検|立入検査]]を受けている([[2015年]][[3月]]の時点において、19都道府県下延べ608か所(実数131か所)への検査の実施が公表され、麻原の写真や麻原・上祐の説法教材の多数の保管が確認されている<ref>[http://www.moj.go.jp/psia/20150309tachiiri.html 立入検査の実施結果について]、2015年3月10日、2015年3月15日閲覧。</ref><ref>[http://www.moj.go.jp/psia/tachiiri20150205.html 立入検査の実施結果について]、2015年2月9日、2015年3月15日閲覧</ref>。)
 
[[2009年]] - [[2010年]]に、[[公安調査庁]]が、旧・オウム真理教以外で、社会通念からかけ離れた特異な活動をしている宗教団体を「特異集団」と位置づけて、情報収集を行っていたが<ref>[http://www.moj.go.jp/psia/kouan_naigai_naigai17_naigai17-04.html 内外情勢の回顧と展望(平成17年1月)]</ref><ref>[http://www.moj.go.jp/psia/kouan_naigai_naigai18_naigai18-04.html 内外情勢の回顧と展望(平成18年1月)]</ref>、[[2011年]]以降は発表がないため、その後は監視対象でないと見受けられる。特異集団はカルトとは異なる概念であり、反社会的な集団であると認定されたものではないため、必ずしも、特異集団がカルト集団であると断言できるものではない。日本の国家機関、裁判所等が、特定の宗教団体を「カルト」「セクト」「邪教」であると指定するとか、認定するということは一切ない。
キリスト教学者の[[芦名定道]]は『一般的に日本人は、「特定の既成宗教を主体的に信仰している」とも言えず、むしろ何らかの宗教儀式(例えば、冠婚葬祭など)に参加しても「自分は、無宗教である!」と思っている人が多い。そのため直接的な体験よりも、主に『マスコミを介した間接的な情報によって構成された印象([[刷り込み]]現象による影響)』で判断をする傾向にある<ref name="essence">参照 [[芦名定道]]『宗教学のエッセンス』[[北樹出版]] 1993年10月15日 ISBN 978-4893843241</ref>と自著で述べている。マスコミの提供する情報は、それが「視聴率を獲得するため」という特性から、当然に該当する宗教団体側から見て「報道内容は、不適切だ!」と思われる事も多く、日本の宗教像全般に多大なマイナス・イメージを生じさせている。日本では『カルト』の用法が、『マスコミのセンセーショナルなイメージ』と共に広まったが、メディアは事件報道が主体であり、良いニュースはあまり流さないため、反社会的な団体ではない新宗教へのマイナスイメージが形成されたという指摘もある<ref>{{Cite journal ja-jp|author=[[石井研士]]|year=2001|title=日本人の宗教行動|journal=宗教と人間の未来|serial=|publisher=[[白馬社]]|naid=|pages=34-37 |ref = harv}}</ref>。日本における新興宗教の大半が最近では、『カルト』や『カルト教団』の語が、[[新宗教]]全般に対する批判蔑称のように使用されること根強い<ref name="serikawa">カルトか芹川博通『現代人と宗教か-竹下世界』北樹出版(2011/6) 節子P193</ref>。
 
反カルト側の問題として、「親族による拉致監禁」により強制的な脱会カウンセリング受講<ref name=asahi1401>{{cite news|title=統一教会信徒、親族に勝訴 損害賠償訴訟|newspaper=朝日新聞|date=2014-01-29}}</ref>、[[拉致]][[監禁]]を契機として統一教会を脱会する「強制説得」を行う際に人権侵害が発生したという告発<ref>{{Cite journal ja-jp|author=[[米本和広]]