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{{Otheruses}}
[[File:Thor.jpg|right|thumb|200px|モルテン・エスキル・ヴィンゲ作Tors strid med jättarne(1872年)]]
[[File:Ring16.jpg|right|thumb|200px|[[アーサー・ラッカム]]が描いた、[[リヒャルト・ワーグナー]]の歌劇に登場するドンナー。]]
'''トール'''とは、[[北欧神話]]に登場する[[神]]である。神話の中でも主要な神の一柱であり、神々の敵である[[巨人 (伝説の生物)|巨人]]と対決する戦神として活躍する。その他考古学的史料などから、[[雷神]]・農耕神として北欧を含む[[ゲルマン人|ゲルマン]]地域で広く信仰されたと推定されている。
 
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英語などで一般的な、þ を th に置き換えた形 '''[[:en:wikt:Thor#English|Thor]]''' の英語読みに由来する'''ソー'''、'''ソア'''の表記も見られる。例えばトールを主人公とした[[アメリカン・コミックス]]『[[マイティ・ソー]](The Mighty Thor)』など。また[[アーサー・コナン・ドイル|ドイル]]のホームズシリーズ『[[ソア橋]](The Problem of Thor Bridge)』には「トール橋」の邦題もある。
 
トールは北欧神話のみならずゲルマン人の信仰に広く見られる神であり、[[古英語]]の文献に見られる '''[[:en:wikt:þunor|Þunor]]''' や[[古高ドイツ語]]での '''[[:en:wikt:donar#Old High German|Donar]]''' もトールを指すとみなされている。時代を下ったドイツの[[民話]]では'''ドンナー''' ('''[[:en:wikt:Donner|Donner]]''') の名で現れ、19世紀の作曲家[[リヒャルト・ワーグナー|ワーグナー]]の歌劇でもこの名称が使用されている。これらの語はいずれも[[ゲルマン祖語]]の '''[[:en:wikt:Appendix:Proto-Germanic/þunraz|*þunraz]]''' まで遡ることができると考えられており、その意味は「[[雷]]」と推定されている。
 
同じく北欧神話に登場する神[[テュール]](Týr) (Týr) や[[ソール (北欧神話)|ソール]](Sól) (Sól) とはそれぞれ別の神である。
 
== 概要 ==
[[アース神族]]の一員。[[雷神|雷の神]]にして[[北欧神話]]最強の戦神。[[農民]]階級に信仰された神であり、元来は[[オーディン]]と同格以上の地位があった。
[[スウェーデン]]にかつて存在していた[[ウプサラの神殿]]には、トール、[[オーディン]]、[[フレイ]]の3神の像があり、トールの像は最も大きく、真ん中に置かれていたとされている<ref>『北欧の神話』39頁。</ref>。
やがて戦士階級の台頭によってオーディンの息子の地位に甘んじた。[[北ヨーロッパ|北欧]]だけではなく[[ゲルマン人|ゲルマン]]全域で信仰され、地名や男性名に多く痕跡を残す。また、[[木曜日]]を意味する[[英語]]''Thursday'' や[[ドイツ語]]''Donnerstag'' などはトールと同一語源である<ref>{{Cite book|和書|author=[[セイバイン・ベアリング=グールド|S・ベアリング=グールド]]著、今泉忠義・訳|year=1955|title=民俗学の話|publisher=角川文庫|pages=64p}}</ref>。
 
雷神であることから[[ギリシア神話]]の[[ゼウス]]や[[ローマ神話]]の[[ユーピテル]]と同一視された。
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『[[古エッダ]]』の『[[巫女の予言]]』においては、おそらくは[[ヴァン神族]]との戦争で破壊された[[アースガルズ]]の城壁をアース神族が巨人の鍛冶屋(工匠)に修理させた後、巨人への報酬に[[フレイヤ]]を渡すことに怒ったトールが、誓いを破って巨人を殺すエピソードが語られる<ref>『エッダ 古代北欧歌謡集』11頁。</ref>。『巫女の予言』では、ヴァン神族がアース神族の城壁を破壊する[[スタンザ|節]]と神々がフレイヤの譲渡を協議する節との間に欠落が見られる。[[シーグルズル・ノルダル]]は『巫女の予言 エッダ詩校訂本』(日本語訳176-178頁)にて、本来あった1-2の詩節が失われた、あるいは、詩の聞き手がここで語られるべき内容を知識として持っているから省かれた可能性を挙げ、前者を欠落の理由に挙げている。そして本来語られるべきだった内容が、『スノッリのエッダ』第一部『ギュルヴィたぶらかし』第42章での巨人による砦の建設と神々による報酬の誓いの破棄であるとする。さらにノルダルは、『ギュルヴィたぶらかし』でのアース神族は鍛冶屋の正体が巨人と判明したためトールを呼び、トールが巨人を殺害しているが、『巫女の予言』では神々は相手を巨人と知った上で約束を交わし、その上でトールが巨人を殺しただろうと推定している。
 
『[[ヒュミルの歌]]({{lang|non|''[[:en:Hymiskviða|Hymiskviða]]'' }})』では、[[エーギル]]に酒宴の開催を依頼したところ鍋の用意を求められたため、[[テュール]]と共に彼の父[[ヒュミル]]を訪ねて巨大な鍋を入手した。その際、ヒュミルと共に海に出て、[[ウシ|牡牛]]の頭を餌に[[ヨルムンガンド]]を釣り上げてミョルニルで一撃したものの取り逃がしている<ref>『エッダ 古代北欧歌謡集』75-80頁。</ref>。
 
『[[スリュムの歌]]({{lang|non|''[[:en:Þrymskviða|Þrymskviða]]'' }})』では、ミョルニルが巨人[[スリュム]]に盗まれ、スリュムがその返還の条件にフレイヤとの結婚を要求したことから、フレイヤに変装してヨトゥンヘイムに行き、スリュムが花嫁の祝福のためにと持ち出したミョルニルを奪い取って彼と一族を全滅させている<ref>『エッダ 古代北欧歌謡集』89-92頁。</ref>。
 
『[[ハールバルズルの唄]]({{lang|non|''[[:en:Hárbarðsljóð|Hárbarðsljóð]]'' }})』では、ハールバルズル(ハールバルズ)という偽名を名乗って川の渡し守をしていたオーディンとの口論が語られている<ref>『エッダ 古代北欧歌謡集』69-75頁。</ref>。
 
アース神族がことごとく[[ロキ]]にこき下ろされる『[[ロキの口論]]』では、トールは最初はその場にいなかったが、やがて会場に行き、ロキを激しく咎めて退散させた<ref>『エッダ 古代北欧歌謡集』80-88頁。</ref>。
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同第48章では、『ヒュミルの歌』でも語られているヨルムンガンドとの対決が再び語られる。若者の姿となって1人でヒュミルを訪ねたトールは、ヒュミルが船で海に出るのに同行した。ヒュミルの飼う牛のうち最も大きいヒミンフリョートの首を餌にし、ヨルムンガンドをうまく釣り上げたものの、ヨルムンガンドが抵抗し、トールは舟板を破って海底に足が着くほど強く踏ん張り、ヨルムンガンドを引き上げた。トールがミョルニルで蛇を粉砕しようとした瞬間、この光景に恐れをなしたヒュミルが餌切りナイフで釣り糸を切った。ヨルムンガンドは海中に逃れ、怒ったトールはヒュミルを殴りつけ船の外に飛ばしたという<ref>『エッダ 古代北欧歌謡集』268-270頁。</ref>。
 
トールの短気ぶりを語るエピソードが同第49章で紹介されている。[[バルドル]]と妻[[ナンナ (北欧神話)|ナンナ]]の葬儀の際、遺体を乗せた船が大きすぎて動かせず、女巨人[[ヒュロッキン]]が来て勢いよく海に進めたとき、トールは怒ってヒュロッキンを殺そうとしたため神々がとりなした。また、ミョルニルで火葬用の薪を清めていたところに小人リト([[:en:Litr|en]])が飛び出してくると、トールは彼を火の中に蹴って入れてしまった<ref>『エッダ 古代北欧歌謡集』271-272頁。</ref>。
 
==== 詩語法 ====
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『詩語法』では、巨人の中で最強のフルングニルを倒すエピソードも語られている。フルングニルは、トールと共に決闘場所に来たシャールヴィの嘘を真に受けて無防備な状態となった。トールはミョルニルを、フルングニルは武器の[[砥石]]を投げつけたが、ミョルニルは砥石を2つに割り、さらに飛んでフルングニルの[[頭蓋骨]]を粉砕した。破壊された砥石の一方がトールの頭に刺さり彼は転倒した。そこへ死亡したフルングニルの巨体が倒れて下敷きとなった。動けなくなったトールを助けたのが生後3日目の息子マグニで、トールはフルングニルの駿馬をマグニに与えたという<ref>『「詩語法」訳注』24-27頁。</ref>(詳細は「[[フルングニル]]」の記事を参照)。
 
『詩語法』は続いてゲイルロズとその一族をトールが滅ぼした経過を語る。ロキの奸計にはまり、ミョルニルもメギンギョルズも持たずにゲイルロズの館に向かったトールは、途中で女巨人[[グリーズ]]から、力帯、鉄製の手袋、「グリーズの棒」と呼ばれる杖を借りた。途中、ゲイルロズの娘[[ギャールプとグレイプ|ギャールプ]]([[:en:Gjálp and Greip|en]])の尿で増水していた川を渡った際、岸に上がるときに[[ナナカマド]]を掴んだことが、[[慣用句]]の「ナナカマドはトールの救い」の由来となったという。ゲイルロズの家に着くと、トールはまずグリーズの杖を利用して[[ギャールプとグレイプ]]の[[背骨]]を折った。さらにゲイルロズが投げつけてきた熱せられた鉄の塊を、鉄の手袋で受け止めて投げ返し、柱の陰に隠れたゲイルロズを倒した<ref>『「詩語法」訳注』27-28頁。</ref>。なお、後述の詩『[[ソール頌歌|トール讃歌]]』ではトールはゲイルロズの元にシャールヴィを同行させているが、『詩語法』では連れの存在に言及されるもののそれがシャールヴィかははっきりしていない(詳細は「[[ゲイルロズ]]」の記事を参照)。
 
なお、前述のフルングニルとの戦いの際に頭に食い込んだ砥石の欠片がトールにむず痒さ、痛みを与え、苦痛により彼が叫ぶのが雷光となる。トールは嫌でたまらなくなり、巫女[[グローア]]([[:en:Gróa|en]])を呼び出した。彼女が魔法の歌を歌うと、砥石が抜け落ち始めた。痛みは完全に無くなり、もうすぐ石がなくなるだろうと思っていたトールは、お礼に彼女を喜ばしてやりたくなった。「お前の夫[[アウルヴァンディル]]([[:en:Aurvandil|en]])は、生きているんだ。お前は死んでいると思い込んでいるけどね。俺が夫を助け出したのだ。しかも夫は[[ヨトゥンヘイム]]にいたよ、あそこは危険極まりないからな。まぁそれはいいとして、もうすぐ夫が帰ってくるよ」これを聞いたグローアは喜びのあまり狂喜乱舞し、魔法の歌を忘れてしまった。したがってトールの頭の中には砥石が入ったままになっている<ref>『「詩語法」訳注』27頁。</ref>。
 
=== ユングリング家のサガ ===
『[[ユングリング家のサガ]]』にもトールの名が見られる。第5章においてトールは、ログ湖(現在の[[スウェーデン]]・[[メーラレン湖]])のほとりの[[古シグトゥーナ]]([[:en:Fornsigtuna|en]])にある[[スルーズヴァンガル|スルーズヴァンダ]]を[[オーディン]]から与えられた<ref>『ヘイムスクリングラ - 北欧王朝史 -(一)』41-42頁。</ref>。また第7章においては、人々がオーディンやトールをはじめとする首長らを神として崇め、トール(ソール)にあやかった「ソーリル」「ソーラリン」「ステインソール」「ハヴソール」という名前ができたと語られている<ref>『ヘイムスクリングラ - 北欧王朝史 -(一)』46頁。</ref>。
 
=== トール讃歌 ===
{{main|ソール頌歌}}
詩人[[エイリーフル・ゴズルーナルソン]]([[:en:Eilífr Goðrúnarson|en]]) による[[スカルド詩]]『トール讃歌(ソール頌歌)』においては、トールはシャールヴィと共にゲイルロズの館に行き、一族を倒している。
 
=== デンマーク人の事績 ===
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== トールの名を持つ著名人 ==
北欧諸国では男性名として定着している。スペルは'''Thor'''と'''Tor'''の二種類、カタカナ表記は「トール」か「トル」が多く「ソー」と表記されることは少ない。また「トールの石(Ðórsteinn)(Ðórsteinn)」を意味する'''[[トルステン]]'''(Torsten(Torsten, Torstein)Torstein)は北欧諸国とドイツ語圏で、英語に転訛した'''[[ダスティン]]'''(Dustin)(Dustin)も男性名として定着している。
 
* [[トル・フースホフト]](Thor Hushovd) - [[ノルウェー]]出身の[[自転車]]プロ[[ロードレース (自転車競技)|ロードレース]]選手。名前に引っかけて「雷神」と呼ばれることもある。