「ヤヌシュ・コルチャック」の版間の差分

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1942年7月から9月にかけてワルシャワゲットーの一掃が行われ、8月6日に孤児院の子どもたちは[[トレブリンカ強制収容所]]に移送されて殺害された。このとき、およそ200人の子供たちは[[集荷場 (ワルシャワ・ゲットー)|集荷場]]までの道のりを、歌を歌い、ドム・シェロトの旗を掲げて行進したという。コルチャックは自分だけが助かることを拒絶して子供たちと共にガス室で殺害された(あるいは銃殺された)。トレブリンカには「ヤヌシュ・コルチャックと子どもたち」と刻まれた記念碑がある。
 
== 没後 ==
*エルヴィン・シルヴァヌスによる戯曲『コルチャックと子どもたち』(1957年初演)は、第二次大戦後のドイツで最も多く上演された舞台劇の一つに数えられている。
*1979年からポーランド政府は[[ヤヌシュ・コルチャック賞]]を設けている。
*1989年11月20日に「[[児童の権利条約]]」が国連総会で採択されるが、これはコルチャックによる「子どもの権利」のアイディアに基づいてポーランド政府が提案したものである。
*1990年、ポーランドの映画監督[[アンジェイ・ワイダ]]監督が『[[コルチャック先生]]』を製作した。
*日本では1995年に[[劇団ひまわり]]が井上文勝・脚本による『コルチャック先生』(1995年初演)を上演しているされた[[加藤剛]]がコルチャック先生を[[加藤剛]]が演じた。2006年9月にも俳優座の9月公演として『コルチャック先生』がやはり加藤剛主演で上演された。
*2002年12月にドイツ、フランス、ポーランド、ハンガリー合作によるTVアニメシリーズ『[[小さな王様マチウス]]』が放映され、2007年9月に劇場版アニメが公開された。
*2006年2-3月、スコットランドの[[ダンディー・レップシアター]]が、ジェイムス・ブラウニング脚本、デビット・グレイブ監督による『コルチャック先生の選択』を日本公演。
 
== 著作 ==
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*[[ポーランド復興勲章]] 1947年(没後授与)
*[[フランクフルト・ブックフェア|ドイツ出版協会平和賞]] 1972年(没後授与)
 
== 没後 ==
*1989年11月20日に「[[児童の権利条約]]」が国連総会で採択されるが、これはコルチャックによる「子どもの権利」のアイディアに基づいてポーランド政府が提案したものである。
*ポーランド政府は子どもの権利のために貢献をした人に授与する[[ヤヌシュ・コルチャック賞]]を設けている。日本人では[[黒柳徹子]]が『[[窓ぎわのトットちゃん]]』で受賞している。
*エルヴィン・シルヴァヌスによる戯曲『コルチャックと子どもたち』(1957年初演)は、第二次大戦後のドイツで最も多く上演された舞台劇の一つに数えられている。
*1990年、ポーランドの映画監督[[アンジェイ・ワイダ]]監督が『[[コルチャック先生]]』を製作した。
*日本では[[劇団ひまわり]]が井上文勝・脚本による『コルチャック先生』(1995年初演)を上演している。[[加藤剛]]がコルチャック先生を演じた。2006年9月にも俳優座の9月公演として『コルチャック先生』がやはり加藤剛主演で上演された。
*2002年12月にドイツ、フランス、ポーランド、ハンガリー合作によるTVアニメシリーズ『[[小さな王様マチウス]]』が放映され、2007年9月に劇場版アニメが公開された。
*2006年2-3月、スコットランドの[[ダンディー・レップシアター]]が、ジェイムス・ブラウニング脚本、デビット・グレイブ監督による『コルチャック先生の選択』を日本公演。
 
== 参考文献 ==