「ビール純粋令」の版間の差分

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{{law|地域=[[ドイツ]]}}
'''ビール純粋令'''(ビールじゅんすいれい、{{lang-de|Reinheitsgebot}})とは、[[1516年]][[4月23日]]に[[バイエルン大公|バイエルン公]][[ヴィルヘルム4世 (バイエルン公)|ヴィルヘルム4世]]が制定した法<ref name="kimura2006p30">{{Cite book|和書|title=ドイツビール おいしさの原点 バイエルンに学ぶ地産地消|author=木村麻紀|publisher=[[学芸出版社]]|dateyear=2006-06-10|edition=初版第1刷|idisbn=ISBN 4-7615-1214-8|chapter=第1章 おいしく安いビール、造れる秘訣と造れない訳|pages=30から-42ページ}}</ref><ref name="hasida2008">{{Cite book|和書|title=もっと美味しくビールが飲みたい! - 酒と酒場の耳学問|author=端田晶|publisher=[[講談社]]|series=講談社文庫|dateyear=2008-07-15|edition=第1刷|idisbn=ISBN 978-4062761130|chapter=第三講義 慶応元年のビール王子|pages=180から-184ページ}}</ref>。'''「[[ビール]]は、[[麦芽]]・[[ホップ]]・[[水]]・[[酵母]]のみを原料とする」'''という内容の一文で知られる。現在でも有効な食品に関連する法律としては世界最古とされている<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
 
== 概要 ==
1516年4月23日に[[バイエルン公国]]にてヴィルヘルム4世が制定したビール純粋令では「ビールは大麦、ホップ、水のみを原料とすべし」と原料を定めた<ref name="{{R|kimura2006p30"/><ref name="|hasida2008"/>}}。また、1マース(約1リットル)あたりの価格制限を定めている。またそれらを故意に破った醸造業者に対しては、生産したビール樽全てを押収すると罰則も定めている。
 
制定には大きく分けて2つの理由があり、ビールの品質の向上と、小麦やライ麦の使用制限を目的としていた<ref name="{{R|hasida2008"/>}}
 
[[16世紀]]当時のビールは、麦芽、水、ホップの主要な原料の他、香草、香辛料、果実が用いられていた。時には毒草さえ混じる粗悪なものや、そもそもビールとすら呼べないものさえ横行していた。バイエルンでは国内のビール需要に対し質の良い北ドイツのビールを輸入していたが、当然のように割高になるため、自国内で安価で質の良いビールを生産、供給し、またそれにより税収を得ようとした。
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[[第一次世界大戦]]敗戦後の[[ワイマール共和国]]や[[ナチス・ドイツ]]<!--の第三帝国 現状ではナチス・ドイツ>第三帝国なのでコメントアウト-->においても、ビール純粋令は継承されていた。ただしドイツの東西分断時代、[[ドイツ民主共和国]](東ドイツ)においては原料不足のためこのビール純粋令に則らないビールも醸造されていた。東ドイツ工業規格TGLのうちビールの品質を定めたTGL7766ではビールの原料として、コメ等の澱粉や[[コーンスターチ]]、発芽していない[[オオムギ]]、砂糖、サッカリン、乳酸、食塩、食用色素、さらに[[タンニン]]・[[ペプシン]]・[[パパイン]]・[[ベントナイト]]等の安定剤も認められていた。
 
しかし、[[欧州共同体|EC]]発足に際して、ビール純粋令は『[[非関税障壁]]』として問題となる<ref name="{{R|kimura2006p30"/><ref name="|hasida2008"/>}}。[[1987年]]、[[欧州裁判所]]は、ビール純粋令は保護主義を禁じている[[ローマ条約]]に間接的に違反していると判断を下す<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}。この結果ビール純粋令は、ドイツ国内の醸造業者によるドイツ国内向けのビール醸造のみを対象とすることとなり、国外への輸出ビールや、国内への輸入ビールには適用されなくなった<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
 
[[1993年]]、ドイツ政府はビール純粋令をビール酒税法の一部として改めて法制化した<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}。この新しい法では、醸造に用いる酵母によって、原料を制限している<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
 
現在でもドイツ国内の醸造所の多くは、ビール純粋令の内容によりドイツビールの品質が支えられ、市場競争力を得ているものと考えており、これを指針としてビール作りを続けている。例えば、バイエルンの醸造業者は、1993年の法制化にて上面発酵ビールでは使用を認められている砂糖も使うことなく、従来のビール純粋令に従って醸造している<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}。理由は、ビール純粋令に従って醸造したビールは消費者から支持を受け、ブランドを守ることができるからである<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
 
== 酵母に関する制限 ==
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|title=マイスターのドイツビール案内
|publisher=幻冬舎ルネッサンス
|idisbn=ISBN 978-4-7790-0219-9
|year=2007
|date=2007-08-28
|edition=初版
|pagespage=19ページ
}}</ref>。
 
下面発酵ビールの原料には、大麦麦芽とホップ、酵母、水だけを使わねばならないという制限が明文化された<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}。また、上面発酵ビールの一部では、小麦麦芽やサトウキビから抽出した糖分を用いてもよいと明文化された<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
 
== ビール純粋令以前 ==
1516年にビール純粋令が制定される前の歴史については次のとおりである。
 
ビール純粋令公布前のバイエルンでは、原料コストを削減したことによる味の劣化を補うことや、味を高い[[アルコール度数]]でごまかすために、人体に悪影響を与える原料も平気で使っていた<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}。その対策として、各地で醸造指令が出されていた。
 
各地の醸造指令は時と共に都市周辺も適用範囲となり、バイエルン公国全土を対象とした1516年のビール純粋令につながっていった<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
 
# [[1165年]]、[[アウクスブルク]]では低品質のビールを醸造した醸造所には罰金が課せられていた<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
# [[1300年]]頃の[[ニュルンベルク|ニュルンベルク市]]では、ビールを大麦以外の穀物で醸造してはならないという条例があった<ref name="{{R|hasida2008"/>}}
# [[1486年]]、ランツフートの市議会は、松の皮や実などの人体に有害なものを原料としてビールを醸造してはならないという醸造指令を出した<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
# [[1487年]]には、[[アルブレヒト4世 (バイエルン公)|アルブレヒト4世]]は[[ミュンヘン]]の醸造業者に対して、ビールの原料は大麦、ホップ、水だけを使い、別のものを混ぜてはいけないと命じている<ref name="hasida2008"/><ref name="{{R|kimura2006p30"/>|hasida2008}}。また、この醸造指令ではビールの統一価格も決められている<ref name="{{R|kimura2006p30"/>}}
 
== 脚注 ==