「マックス・ヴェーバー」の版間の差分

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ヴェーバーは、ハイデルベルクでの知的サークルを通じて、年長の法学者[[ゲオルグ・イェリネック]]、哲学者[[ヴィルヘルム・ヴィンデルバント]]、同世代の神学者[[エルンスト・トレルチ]]や哲学者[[ハインリヒ・リッケルト]]、さらには若年の哲学者[[カール・ヤスパース]]や哲学者[[ルカーチ・ジェルジ]](ゲオルク・ルカーチ)らと交わり、彼らに強い影響を与えた。また社会学者[[タルコット・パーソンズ]]もヴェーバーの著作を通じて強い影響を受けている。[[タルコット・パーソンズ]]がハイデルベルク留学中に師事した社会学者・経済学者の[[アルフレート・ヴェーバー]]は実弟である。
 
日本においては、[[丸山眞男]]や[[大塚久雄]]や[[川島武宜]]をはじめとして、多くの[[社会科学]]系の学者に強い影響を与えた。<ref>ヴォルフガング・シュヴェントカー、『マックス・ウェーバーの日本 受容史の研究1905-1995』</ref>ヴェーバーの日本における受容は、日本が太平洋戦争で敗北したのは「[[合理主義]]」が欠けていたためであるという問題意識と<ref>丸山眞男、『日本の思想』</ref>、社会科学における[[マルクス主義]]との対置という文脈、という2つの理由が大きかった。<ref>カール・レーヴィット(柴田治三郎ほか訳)『ウェーバーとマルクス』(未來社、1966年)</ref>
 
== 著書 ==