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名香野 (会話 | 投稿記録)
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自然魔術を加筆
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新約聖書でパウロは魔術・呪術を悪だとしている。
 
中世ヨーロッパ世界で、科学と魔術は同じものであった{{sfn|バートレット, 横山監訳|2008|pp=68-69}}。[[錬金術]]([[キミア]])は[[自然科学]]であり、化学であった{{sfn|バートレット, 横山監訳|2008|pp=68-69}}。中世の哲学を前提に、人間が神との融合に向けて精神的な完全さを目指し努力するのと同様に、地球上の物質も完全的物質になることが可能であると考えられた{{sfn|バートレット, 横山監訳|2008|pp=68-69}}。すべての自然物は精妙には調和して収まり、万物は[[マクロコスモスとミクロコスモス]]の照応によって結びついていた{{sfn|バートレット, 横山監訳|2008|pp=68-69}}。占星術は魔術の一部であり、大学で教えられ、数学や医学とも深く結びついていた{{sfn|澤井|2000|p=42}}。
 
錬金術師にとって完全な金属である金の探究は道徳の探究でもあり、滓を取り除き、より物質を洗練させ、純粋なエッセンスを抽出することを目指した{{sfn|バートレット, 横山監訳|2008|pp=68-69}}。こうした超自然的で深遠な知識は、教会によって禁断の知識ともされたが、当時は錬金術や魔術と自然は対立するものではなく、自然と調和するものと考えられていた{{sfn|バートレット, 横山監訳|2008|pp=68-69}}。こうした知識を悪用し、悪魔との接触などを行う場合は「魔法」と呼ばれ、非難の対象となった{{sfn|バートレット, 横山監訳|2008|pp=68-69}}。
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初期近代ヨーロッパにおける、互いに結びついている目的を持った世界という見解は、[[キリスト教神学]]と、古代ギリシャの哲学者[[プラトン]]と[[アリストテレス]]の思想を大きく源泉とする{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=32-35}}。プラトン的思想、特に[[新プラトン主義]]者たちはから、完全で超越的な一者から不活性で生命のない下等な物体まで、世界の存在は皆連続する階梯の中の特定な位置をもつという「自然の階梯(scala naturae)」という発想が生まれた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=32-35}}。一者から遠い下等な存在ほど、一者とは似ていないと考えられた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=32-35}}。プラトン思想の著作は、ヨーロッパでは[[ルネサンス]]期に再発見された{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=32-35}}。
 
アリストテレスの思想で寄与したのは、物事を知るためには「原因についての知識」が必要という考え方である{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=35-37}}。彼の目的因と作用因という考えは、事物を他の対象との関係性で定義しようとするもので、神によってデザインされた[[摂理]]ある世界というキリスト教の考えと相性が良かった{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=35-36}}。神による目的因は、被造物の内部に埋め込まれ、記号化されていると考えられていた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=-35-36}}。思想史家の[[エルンスト・カッシーラー]]は、ルネサンス期に魔術と占星術は深い同一性で結ばれており、象徴(シンボル)と因果律(自然法則や秩序)の融合がその概念の主調であったと述べている{{sfn|澤井|2000|pp=157-158}}ある事物について知るには、その事物に関するネットワークを知り、特にそれを存在せしめ利用している他の事物について知ることが重要であると考えられていた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=35-36}}。当時の自然研究の全体を[[自然哲学]]と呼ぶが、学問の分野も宇宙の様々な局面も、互いに事物が結びついているという感覚が特徴と言える{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=38-41}}。[[イエズス会]]の碩学[[アタナシウス・キルヒャー]]は、百科事典的な著作の口絵で、神学を頂点に、自然学、詩学、天文学、医学、音楽、光学、地理学などの学問を並べ、相互のつながりを示しているが、自然魔術(magia naturalis)も自然哲学の一分野としておかれている{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=38-41}}。自然魔術は、近代科学とそれ以前の科学の中間的な学問だった{{sfn|澤井|2000|p=140}}。
 
魔術の実践者は、世界に埋め込まれた隠された結びつき(hidden qualities, qualitates occultae。「オカルト的性質」という訳もあるが誤解を招きやすい)を知り、制御し、操作することを目指した。キルヒァーの口絵で、自然魔術は太陽を追うヒマワリの首振りで表されているが(図の左上)、これは事物の間の隠された結びつきの典型例である{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=38-41}}。事物の結びつきは、一般的に「共感(sympathy)」によって機能しているとされ、共感作用の媒体が「世界精気」あると考えられていた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=46-47}}。隠された結びつきは感覚では気づけないと考えられており、慈悲深い神が世界に隠したヒントを見抜くために、注意深く観察し、先人の文献を読み込むことが重視された{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|p=43}}。科学史研究者のローレンス・M・プリンチペは、魔術(magia)を現代語に直すなら、「習熟(mastery)」が最適だろうと述べている{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|p=41}}。[[磁石]]、[[アヘン]]の催眠効果、[[潮汐]]に対する月の影響などが実例として知られた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|p=42}}。
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自然魔術では実践が重視されたため、陳腐なことから崇高なことまで、かなり幅広く行われていた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|p=47}}「崇高」の方には[[マルシリオ・フィチーノ]]がおり、生活の仕方と儀礼という形で実践し、自分の悩みの種であったメランコリー([[四体液説|四体液]]のうち黒胆汁が優勢な気質)と学者的な生活の関係を研究してライフスタイルの改善を提案した{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=47-49}}。「陳腐」の方には[[デッラ・ポルタ]]がおり、彼の著作『自然魔術』は、人工宝石や花火、香水の作り方、動物の品種改良、肉の焼き方、果物の保存方法などの雑多なレシピが大部分を占めていた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=47-49}}。
 
魔術は科学史の重要な部分であるとみなされている。中世から初期近代の「科学革命」の時期、神・人間・自然は互いに切り離されておらず、学者の研究範囲と意図は広大なものであった{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=38-41}}。16・17世紀には、コスモス的・自然哲学的な視点は、濃淡はあれ広く共有されていたが{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|pp=38-41}}、ルネサンス期の自然魔術師たちによって、経験科学的視点の萌芽が現れた{{sfn|澤井|2000|p=162}}。17世紀後半には科学的研究で仕組みが解明される自然の事象も現れ{{sfn|澤井|2000|p=132}}、19世紀になると今日みられるような専門化された狭い観点に徐々に移り変わっていった{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|p=40}}。中近世ヨーロッパにおいて、宇宙(自然)は有機的につながったネットワークであり、人間はその中で周囲と調和して存在する、生きる実感を持つひとつの生物であった{{sfn|澤井|2000|pp=137-138}}。プリンチベは、現代的な研究法は知を細分化して成果を上げたが、世界をバラバラにし、人間の感性を宇宙から遠ざけ、根無し草にしたともいえると述べている{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|p=32}}。魔術を含む自然哲学は、包み込むような広い世界観を持ち、学者たちの研究動機や疑問、実践は、その世界観から湧き出していた{{sfn|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014|p=40}}。磁力や虹など魔術の研究対象であった物事の仕組みが科学的に解明されると、秘儀性を取り除かれ公になった学知は近代科学技術に吸収されていき、残された解明されていない学知、科学ではどうしても解決できない現象が魔術とされた。当時理性的な思想とはキリスト教的な知であった。魔術はキリスト教との対比で非合理と考えられたが、キリスト教と科学が分離したことで、科学的合理性の対局として、非合理なものとして魔術的神秘が置かれるようになった{{sfn|澤井|2000|pp=133-134}}。現在魔術というと、神秘的な魔法が想像されるのはこのためである{{sfn|澤井|2000|pp=133-134}}。
 
中近世キリスト教世界には、自然魔術以外の魔術も存在した。デッラ・ポルタは魔術を自然魔術と[[降霊術]]に分けている。[[トマソ・カンパネッラ]]は、モーセなど聖人が神の使者として自然を従わせて起こす「神的魔術」(奇蹟)、「自然魔術」(白魔術)、「悪霊魔術」(黒魔術、魔法)に分けて考えていた{{sfn|澤井|2000|pp=133-134}}。
 
自然魔術は知識人階級で行われたが、黒魔術は庶民の間で広まった。黒魔術は太古からあるが、特に注目を集めたのはルネサンス期である。この時代は中世ヨーロッパ社会の終わりに当たり、貨幣経済と宗教改革、疫病で封建社会と教会は大いに揺るがされていた。黒魔術は自然の中の悪霊(デーモン)が相手の魔術であるが、これに民衆の社会不安が絡み、魔術というより一種のアニミズム、呪術といった様子であった。教会は、「魔法には生産的・護身的面があるのと同意に破壊的要素も強いこと」「魔法の及ぶ範囲に問題があること」という理由で、呪術的動きを疑いの目で見ており、素朴な民衆の土着文化の現れを悪魔崇拝・異端であるとみなすこともあった。{{sfn|澤井|2000|pp=141-143}}
 
===近現代===
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==参考文献==
*{{Cite book|和書|author=ローレンス・M・プリンチペ |others=菅谷暁・山田俊弘 訳澤井繁男 |year=20142000 |title=科学革命魔術と錬金術|publisher=丸善出版筑摩書房 |ref={{SfnRef|プリンチペ, 菅谷・山田訳澤井|20142000}}}}
*{{Cite book|和書|author=[[ミルチャ・エリアーデ]]主編、ローレンス・E・サリヴァン編 |others=[[鶴岡賀雄]]・[[島田裕巳]]・[[奥山倫明]]訳 |year=2002 |title=エリアーデ・オカルト事典 |publisher=法蔵館 |ref={{harvid|鶴岡ら訳|2002}}}}
*{{Cite book|和書|ref={{SfnRef|バートレット, 横山監訳|2008}} |author=ロバート・バートレット|others=横山紘一 監訳 |title=図解 ヨーロッパの中世文化誌百科|publisher=原書房|date=2008}}
*{{Cite book|和書|author=ローレンス・M・プリンチペ |others=菅谷暁・山田俊弘 訳 |year=2014 |title=科学革命|publisher=丸善出版 |ref={{SfnRef|プリンチペ, 菅谷・山田訳|2014}}}}
*{{Cite book|和書|author=[[江川純一]]・久保田浩編 |year=2015 |title=「呪術」の呪縛 |volume=上巻 |series=宗教史学論叢 19 |publisher=リトン |ref={{harvid|江川・久保田編|2015}}}}
*{{Cite book|和書|author=江川純一・久保田浩編 |year=2017 |title=「呪術」の呪縛 |volume=下巻 |series=宗教史学論叢 20 |publisher=リトン |ref={{harvid|江川・久保田編|2017}}}}