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ニザーミー廟はアゼルバイジャン人です。ギャンジャに生まれ育て、亡くなりました。ニザーミー廟の時代で流行っている言語はペルシア語だったので、ペルシア語で執筆したわけです。
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'''ギャンジャ'''({{Lang-az|Gəncə}}、 '''ゲンジェ'''、'''ガンジャ'''とも)は、[[アゼルバイジャン共和国]]の都市。[[人口]]は約30万人で、[[首都]][[バクー]]に次ぐ、アゼルバイジャン第2の都市である。[[ロシア帝国]]時代には'''エリザヴェトポリ'''({{翻字併記|ru|Елизаветполь|Elizavetpol|N}})、[[ソビエト連邦|ソヴィエト連邦]]時代には'''キロヴァバード'''({{翻字併記|ru|Кировабад|Kirovabad|N}})と呼ばれた。
 
有名な[[ペルシゼルバイジャン]]の詩人[[ニザーミー]]の生地として有名で、[[1991年]]に建設された[[ニザーミー廟]]がある。[[ギャンジャ国際空港]]があり、空路で首都バクーなどと結ばれている。
 
==歴史==