「WASG」の版間の差分

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|党首氏名 = クラウス・エルンスト
|成立年月日 = [[2005年]][[1月22日]]
|解散年月日 = [[2007年]][[6月17日]]
|解散理由 = [[民主社会党 (ドイツ)|民主社会党]] (PDS) との合流
|後継政党 = [[左翼党 (ドイツ)|左翼党]]
|本部所在地 = {{GER}} [[ベルリン]]
|政治的思想・立場 = [[左翼]]<br/>[[社会主義]]
}}
'''WASG'''(「労働と社会的公正:ヴァールアルターナティーヴェ(新しい生活の選挙による選択) {{lang-de|'''Arbeit & soziale Gerechtigkeit – Die Wahlalternative|de:Arbeit & soziale Gerechtigkeit – Die Wahlalternative'''}}、{{lang-en|Labour and Social Justice – The Electoral Alternative|en:Labour and Social Justice – The Electoral Alternative}}」は、[[左翼党 (ドイツ)|左翼党]]を形成した2大[[政党]]のうちの1つであり、[[ドイツ社会民主党]]の左派系(中央派左派を含む)の[[派閥]]が同党を集団離党して結成した政党<br />
 
[[ドイツ社会民主党]]の左派系(中央派左派を含む)の[[派閥]]ないし政党。<br />
[[2005年]]に、この {{Lang|de|WASG}}と[[民主社会党 (ドイツ)|民主社会党]] ({{Lang|de|PDS}})が、[[統一会派]]より更に踏み込んだ連合としての[[政党連合]]「左翼党」({{Lang|de|Die Linkspartei}}) を結成し、[[2007年]][[6月17日]]に正式に合併して、同名の政党「左翼党」となった。
 
組織形成の直接の原因は、[[赤緑連合]]政権で[[新自由主義]]的な改革路線(ネオリベ路線)を採った党内右派の[[ゲアハルト・シュレーダー]]首相率いる[[ドイツ社会民主党]] ({{Lang|de|SPD}}) 指導部に失望し、反発した {{Lang|de|SPD}} 内の左派が、[[2005年]][[1月]]に一斉離党・独立して結成した。その後、{{Lang|de|SPD}} 左派の大物治家[[オスカー・ラフォンテーヌ]]元[[財務大臣]](元SPD首)が加わり、総選挙を闘った<br />
その後、{{Lang|de|SPD}} 左派の大物政治家[[オスカー・ラフォンテーヌ]]元[[財務大臣]](元 {{Lang|de|SPD}} 党首)が加わり、総選挙を闘った。<br />
 
== 経過 ==
WASGは、政府に批判的なSPDの党員や労働組合員が、当初「労働と社会正義」クラブとしていたものを2004年の討議の過程で、より上位の政党を構成するものとして、2005年2月22日形成された。
 
2006年6月16日にWASGとPDSの統合を問う直接選挙が成功をおさめ、正式に「左翼党」という党名が決定した。
 
2007年3月党員数が、11600人であった。2006年12月31日には減少していために、2007年9月に8944人が遅れて入党した。