「恵文王 (趙)」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
m リンク追加
18行目:
ある時、秦から恵文王が持っていた類まれな[[璧]](玉の一種)を「十五城と交換したい」と言ってきた。しかし秦を信用して果たして約束が守られるかどうか。恵文王は悩んだが、そこに[[藺相如]]が名乗りを挙げて秦に赴き、やはり約束を守る気の無かった秦から璧を無事持ち帰った。(「完璧」)
 
また[[279年]]には秦からの招きを受けて恵文王が[[ベン池県|澠池]]で会見を行った時に藺相如は同行した。この時に秦の[[昭襄王 (秦)|昭襄王]]は恵文王に対して[[]](しつ、弦楽器の一種)を無理やり弾かせ、その事を国史に記述した。王に対して楽士の真似事をさせるとはと怒った藺相如は昭襄王に缻(素焼きの器、歌を謡うときにこれを叩く)を差し出してこれを叩いてくれと迫った。昭襄王は当然これを断ったが、「断るならばここであなたを刺す。」と言い、昭襄王が一回だけ缻を叩いたので、そのことを国史に記述させた。(「澠池の会」)
 
その後も基本的に秦に従って[[田斉|斉]]などを攻めていたが、斉から送られてきた[[蘇厲]]([[蘇秦]]の弟)の言に従って秦に背くようになる。