「西郷隆盛」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
427行目:
**「軍人としては優れた人であるが、政治家としては如何であろう。西郷自身も『自分は政治家に非らず』と言われていた。我輩も二年ばかり一緒に事をしたが、己の判はお前に遣って置くといって、西郷は真の盲判を捺したばかり、その度量の壮快は敬服に堪えぬが、余りの大器であった為か、又は英雄英雄知るで、我輩の凡眼には解らなかったものか、西郷は政治家にあらずと思った」<ref>近代デジタルライブラリー『大隈伯演説座談』</ref>
**「西郷は強固なる意志を有せるに係わらず、人情には極めて篤かった。この情にもろい結果が、西郷の徳をして盛んならしむると同時に、その生涯の過ちを惹き起したのであろうと察するのである」
*[[伊藤博文]] 「此人は政治の方には向かぬ方の側ぢゃ」<ref>近代デジタルライブラリー『伊藤侯,井上伯,山県侯元勲談』</ref>
*[[久米邦武]] 「政治家としては、この三人(岩倉、木戸、大久保)に較べると、西郷南州は一段下ると見ねばならぬ。至誠という点においては偉大であったろうが、実際の政務という点では大久保らの比ではない」
*[[板垣退助]] 「維新の三傑といって、西郷、木戸、大久保と三人をならべていうが、なかなかどうしてそんなものではない。西郷と木戸、大久保の間には、雫が幾つあるか分らぬ。西郷、その次に○○○○といくら雫があるか知れないので、木戸や大久保とは、まるで算盤のケタが違う」