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== 制作時期に関して ==
関係者への書簡から、詳しい制作時期が判明している。1906年(明治39年)[[7月26日]]に執筆開始。同年[[8月9日]]脱稿。[[輩は猫である」]]の脱稿から10日後に執筆を開始し、完成したのはその2週間後であった。
 
熊本で英語教師をしていた漱石は、[[1897年]](明治30年)の[[大晦日]]に、友人であった山川信次郎とともに熊本の小天温泉に出かけ、そのときの体験をもとに『草枕』を執筆した{{sfn|ロム・インターナショナル(編)|2005|pp=124–125}}。作品の中で登場する「峠の茶屋」は、熊本市街から小天温泉に至る途中の道にあったと考えられており、この当時にあった「鳥越(とりごえ)の峠」もしくは、「野出(のいで)の峠」にあった茶屋が、そのモデルであるとされる{{sfn|ロム・インターナショナル(編)|2005|pp=124–125}}。現在の鳥越の峠には[[1989年]]([[平成]]元年)に当時あった茶屋を復元したものが建てられており、園内に漱石の句碑が建てられている{{sfn|ロム・インターナショナル(編)|2005|pp=124–125}}。また、当時の茶屋は現存していないが、野出の峠のほうにも茶屋跡の碑と漱石の句碑がある{{sfn|ロム・インターナショナル(編)|2005|pp=124–125}}。