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[[勝海舟]]の三女・逸子は、目賀田に嫁いだ。その関係から海舟は、[[専修学校]](現:[[専修大学]])に『[[律増甲乙之科以正澆俗 礼崇升降之制以極頽風]]』(訳「法律は次々に多くの箇条を増加して人情の薄い風俗を矯正し、礼は挙措進退のきまりを尊重して頽廃した風俗を止めるものである」)という言葉を贈り、学生を激励した実録も有名である。
 
子に[[目賀田綱美]]、高山正代、長井多計代。多計代(1891-1973)は外交官の長井亜歴山([[長井長義]]長男)に嫁いだ<ref>[https://www.myheritage.jp/names/%E3%82%BF%E3%82%B1%E3%83%A8_%E3%83%A1%E3%82%AC%E3%82%BF タケヨ メガタ]MyHeritage</ref>。
子に[[目賀田綱美]]、高山正代。
 
墓は東京の池上本門寺、法名は本覺院殿仁譲日種大居士。