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『'''楊家将演義'''』(ようかしょうえんぎ )は、[[北宋]]の楊一族の活躍と悲劇を描いた中国[[明]]代の古典文学[[説話 (中国)#講史|講史]]小説の総称。単に『'''楊家将'''』({{zh2 | t=楊家將| s=杨家将| hp= Yáng Jiā Jiàng |first=t}})とも呼ばれる。
{{Portal|文学}}
『'''楊家将演義'''』(ようかしょうえんぎ )は、[[北宋]]の楊一族の活躍と悲劇を描いた中国[[明]]代の古典文学。単に『'''楊家将'''』({{zh2 | t=楊家將| s=杨家将| hp= Yáng Jiā Jiàng |first=t}})とも呼ばれる。
 
== 概要 ==
中国の[[河北省]]など[[華北|北方地域]]には、楊一族にまつわる伝説が民間故事として多数伝わっている。[[北漢]]が降ると[[北宋|宋]]に帰順し、没後は楊令公と呼ばれた劉継業(ようけいぎょう)改め[[楊業]]<ref>ようぎょう、923?-986年 。{{wikisourcelang-inline|zh|宋史/卷272|宋史 卷二百七十二 列傳第三十一}}</ref>の、[[遼]]との戦いで活躍し悲劇的な最期を遂げた名将の生涯が、やがて「楊一族の物語」へと拡大されて『楊家将演義』と呼ばれる講史小説にまで成長した。楊業の名将としての人気とその悲劇的最期への同情が、その素地であったとされる<ref>田渕欣也(たぶちきんや、1980年-、大阪市立大学非常勤講師)《楊家将・楊令公の物語 : その最期を中心に》 人文研究:大阪市立大学大学院文学研究科紀要 68巻 2017.3 pp65-80 [http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/il/meta_pub/G0000438repository_DBd0680005 pdf] p.67 。</ref>。
中国の[[河北省]]など[[華北|北方地域]]には、楊一族にまつわる伝説が民間故事として多数伝わっている。
 
== 明代の刊本について ==
中国では[[京劇]]や[[テレビドラマ]]で定番となっており、老人から子供まで幅広く知られている。日本ではあまり知られていなかったが、[[1990年代]]に[[NHK衛星第2テレビジョン|NHK BS-2]]でテレビドラマ『[[三国志演義 (テレビドラマ)|三国志演義]]』や『[[則天武后 (テレビドラマ)|則天武后]]』が放送された時期に、1991年のテレビドラマ『{{仮リンク|楊家将 (1991年のテレビドラマ)|label=楊家将|zh|杨家将 (1991年电视剧)}}』が放送されたことがある。
『楊家将演義』の現存する刊本としては、2系統の版本がある。それは『北宋史伝』と『楊家府伝』という長編小説であるが、多く版を重ね広く人気を博してきたのは前者である。
 
『北宋史伝』は『南宋史伝』と合刻されて『南北両宋史伝』と呼ばれている。刊本はいくつかあるが、古態を留めているとされるのは次の明刊本である<ref>上田望(うえだのぞむ、1965年生、[[金沢大学]]人間社会研究域歴史言語文化学系教授)《講史小説と歴史書 (2):『残唐五代史演義』,『南宋志伝』の構造と変容》[[東京大学東洋文化研究所|東洋文化研究所]]紀要 第137冊 1999.3 pp43-90 [http://hdl.handle.net/2261/2047 pdf]、p.64-65 。</ref>
[[田中芳樹]]が「中国歴史ロマンシリーズ」の3作目として1997年頃に[[徳間書店]]から日本語訳を刊行する予定を立てていたが、現在(2013年9月)でも出版されていない。また、[[北方謙三]]が小説『[[楊家将 (北方謙三)|楊家将]]』を執筆したが、これは訳書でなく、内容的にはほぼ北方のオリジナルになっている。
* [[陳継儒|陳繼儒]] 撰『新刻全像按鑑演義南宋志傳十卷 北宋志傳十卷 卽南北宋志傳』<ref>東京国立公文書館内閣文庫藏[[万暦|萬暦]]中[[建陽区|建陽]]余氏三台館刊本。</ref>
 
* 伝 熊大木(ゆうだいぼく)撰『新刊出像補訂参采史鑑南北宋史伝通俗演義題評』十卷50回+十卷50回 万暦21年(1592年)<ref>金陵唐氏世徳堂本刊本。</ref>
2015年6月に[[岡崎由美]]・松浦智子<ref>松浦智子 マツウラサトコ、中国文学者、[[名城大学]] 理工学部 教養教育 助教</ref>共訳で初の日本語訳となる『完訳 楊家将演義』が刊行<ref>『完訳 楊家将演義』上巻・下巻 [[勉誠出版]] 岡崎由美・松浦智子 共訳 1)ISBN 978-4-585-29101-5 2)ISBN 978-4-585-29102-2。同時に『楊家将演義 読本』 岡崎由美・松浦智子 編 勉誠出版 ISBN 978-4-585-29103-9 も同時に刊行された。</ref>。また、ウェブ上に小山裕之氏の日本語訳などが掲示されている(''[[楊家将演義#外部リンク|外部リンク]]参照'')。
後者『楊家府伝』は、日本には明刊本はないが、中国国家図書館、北京大学図書館、台湾中央図書館、米国国会図書館に収蔵されている。著者不明であるが、文人紀振倫の校閲のため文辞は『北宋史伝』よりもやや典雅と評されている。<ref>上田望 《講史小説と歴史書(3):『北宋志伝』,『楊家将演義』の成書過程と構造》 金沢大学中国語学中国文学教室紀要 第3輯 1999.4 pp49-63 [http://hdl.handle.net/2297/789 pdf]、p.50 。</ref>。
 
* 『楊家府世代忠勇通俗演義史伝』8巻58則 万暦34年(1606年)<ref> {{wikisourcelang-inline|zh|楊家府世代忠勇通俗演義}}</ref>。
== 京劇の演目 ==
また『楊家府伝』にある、楊文広の南方征伐のエピソードが『北宋史伝』には影も形もないなど、古来どちらが先行か等の議論がされており、現在もその研究は継続されている<ref>平原真紀(ひらはらまき、[[東京外国語大学]]大学院総合国際学研究科)『明刊本《楊家将演義》小説の基本問題:《北宋志伝》と《楊家府伝》の二系統とその対比』東京外国語大学 言語・地域文化研究、pp.393-409, 2014-01-31 [http://repository.tufs.ac.jp/handle/10108/81171 pdf] 。</ref>。
*金沙灘
*四郎探母
*李陵碑
*三岔口
*牧虎関
*洪羊洞
*天門陣
*打焦賛
*坐宮
*楊門女将
 
== 登場人物 ==
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;木丹:楊延輝と鐵鏡公主の息子。佘賽花と蕭銀宗の孫
 
== あらすじ(『楊家府伝』) ==
=== 楊業の時代 ===
物語は、[[北宋|宋]]が[[北漢]]を攻めるところから始まる。このとき、北漢の武将であった'''何継業'''([[楊業]])・佘賽花らは太祖([[趙匡胤]])らをさんざん苦戦させる。しかし、結局は北漢は宋に敗北する。何継業も宋に降るが、このとき[[太宗 (宋)|太宗]]により「楊」の姓を賜るとともに、英武帝・[[劉継元]]とつながる「継」の字を削除し、以後は「'''楊業'''」と名乗ることになる。北漢の武将として宋将をさんざ苦しめたことがのちのちまで尾を引くことになり、楊家軍はいまひとつ宋将らの信頼を得ることができない。ことに'''[[潘美|潘仁美]]'''などは佘賽花に矢傷を負わさせられたことで、楊家軍を恨み、たびたび対立する。
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凱旋した楊家軍は、これまた繰り返されたパターンであるが、楊家軍を妬む佞臣の讒言に辟易させられる。文広自身はそれでも宋に忠誠心を持っていたが、息子の懐玉らは既に宋自体に対し、嫌気が差していた。そこで懐玉らは佞臣の代表格である張茂の一族を皆殺しにすると、[[太行山]]に引きこもり、以後は二度と宋に力を貸さないと宣言する。これは、あくまで叛意のない老齢の文広には秘密裏に行い、振動の少ない車で運ばされた文広は、ついに自分が太行山にいるとは知らずに天寿を全うする。
 
== 関連書籍 ==
*[[北方謙三]]が小説『[[楊家将 (北方謙三)|楊家将]]』を執筆したが、これは訳書でなく、内容的にはほぼ北方のオリジナルになっている。
*2015年6月に[[岡崎由美]]・松浦智子<ref>松浦智子 マツウラサトコ、中国文学者、[[名城大学]] 理工学部 教養教育 助教</ref>共訳で初の日本語訳となる『完訳 楊家将演義』が刊行<ref>『完訳 楊家将演義』上巻・下巻 [[勉誠出版]] 岡崎由美・松浦智子 共訳 1)ISBN 978-4-585-29101-5 2)ISBN 978-4-585-29102-2。同時に『楊家将演義 読本』 岡崎由美・松浦智子 編 勉誠出版 ISBN 978-4-585-29103-9 も同時に刊行された。</ref>。また底本は『北宋史伝』ウェブ上に小山裕之氏『南宋史伝』日本語訳などが掲示されている(''[[楊家将演義#外部リンク|外部リンク]]参照'')概括を付加
 
<!-- [[田中芳樹]]が「中国歴史ロマンシリーズ」の3作目として1997年頃に[[徳間書店]]から日本語訳を刊行する予定を立てていたが、現在(2013年9月)でも出版されていない。また、[[北方謙三]]が小説『[[楊家将 (北方謙三)|楊家将]]』を執筆したが、これは訳書でなく、内容的にはほぼ北方のオリジナルになっている
 
ウェブ上に小山裕之氏の日本語訳などが掲示されている(''[[楊家将演義#外部リンク|外部リンク]]参照'')。-->
== 映像化作品 ==
中国では[[京劇]]や[[テレビドラマ]]で定番演目となっており、老人から子供まで幅広く知られている。
*=== 映画 ===
**[[14アマゾネス 王女の剣[[:en:The 14 Amazons|(英語版)]](1972年、香港、原題:十四女英豪)…『楊家将演義』の派生作品である京劇『[[楊門女将]]』の映画化。
**[[少林寺秘棍房[[:en:The Eight Diagram Pole Fighter|(英語版)]](1983年、香港、原題:五郎八卦棍)
**[[女ドラゴンと怒りの未亡人軍団]](2011年、中国、原題:楊門女將之軍令如山)…上記『14アマゾネス 王女の剣』のリメイク作品。
**{{仮リンク|楊家将〜烈士七兄弟の伝説〜|』[[:zh|: 忠烈楊家將}}|(中国語版)]](2013年、香港、原題:忠烈楊家將)
*=== テレビドラマ ===
**楊門女將(1981年、香港)日本未公開
**{{仮リンク|楊家将 (1985年のテレビドラマ)|label=楊家将|[[:zh|:楊家將 (無綫電視劇)}}|(中国語版)]](1985年、香港、原題:楊家將)
**{{仮リンク|楊家将 (1991年のテレビドラマ)|label=楊家将|zh|杨家将 (1991年电视剧)}}(1991年、中国、原題:楊家將) - 日本では1997年に[[NHK衛星第2テレビジョン|NHK BS-2]]で放映された。
**『楊家将』 [[:zh:杨家将伝記 兄弟たちの乱世(1991年电视剧)|(中国語版)]](2006(1991年、中国、原題:少年楊家將) - 日本では1997年に[[NHK衛星第2テレビジョン|NHK BS-2]]で放映された。
*[[楊家将伝記 兄弟たちの乱世]](2006年、中国、原題:少年楊家將)
**穆桂英掛帥(2012年、中国)日本未公開
*『穆桂英掛帥』[[:zh: 穆桂英掛帥 (2012年電視劇)|(中国語版)]](ぼくけいえいかいすい、2012年、中国)日本未公開
 
=== 京劇の演目 ===
*『金沙灘』(きんしゃたん)
*『四郎探母』(しろうたんぼ)
*『李陵碑』(りりょうひ)
*『三岔口』(さんちゃこう)
*『牧虎関』(ぼくこかん)
*『洪羊洞』(こうようどう)
*『大破天門陣』(たいはてんもんじん)
*『打焦賛』(だしょうさん)
*『坐宮』(ざきゅう)
*『楊門女将』(ようもんじょしょう)
 
== 注・出典 ==
{{reflist|2}}
 
== 関連項目 ==
*[[岡崎由美]] - 『楊家将演義』の初完訳を行う。
*[[北方謙三]] - 日本人としては初めて、小説『[[楊家将 (北方謙三)|楊家将]]』及び続編である『[[血涙]] 新楊家将』を執筆。
*[[千田誠行]] - 楊家将演義を元ネタとした[[ライトノベル]]『レディ・ジェネラル 淑女騎士団』([[GA文庫]])を執筆。
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== 外部リンク ==
* [http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/cl/koten/ueno/12_10_22.htm 立命館大学文学部人文学科中国文学専攻]※車王府曲本『天門陣』全10巻中の巻1・巻2・巻3の部分のテキスト。
*[http://www.yifan.net/yihe/novels/history/songshiytt/sshi272.html 《宋史·楊業楊延昭楊文広列伝》]
*[http://www.yangjiajiang.com 《楊家将·尋根》]
* 松浦智子『楊家将「五郎為僧」故事に関する一考察』[http://id.nii.ac.jp/1586/00017145/ pdf]
*[http://ci.nii.ac.jp/naid/110000487322 上田, 望 講史小説と歴史書(3) : 『北宋志伝』, 『楊家将演義』の成書過程と構造 <Article>Chinese Historical Novel and Historical Work III : The Textual Formation of Bei song zhi-zhuan 北宋志伝, Yang-jia jiang yan-yi 楊家将演義 and Their Structures]
*[http://kaken.nii.ac.jp/d/p/07J06913 松浦, 智子 明刊通俗戦記小説の形成における金元代山東軍閥社会の影響-「楊家将演義」を端緒に』[http://kaken.nii.ac.jp/d/p/07J06913 研究概要]
*[http://sucra.saitama-u.ac.jp/modules/xoonips/detail.php?id=KY-AA11946779-08-05 松浦, 智子 楊家将「五郎為僧」故事に関する一考察 關於楊家將<五郎為僧>故事的考察]
* 『北宋志伝(北宋金鎗全伝・楊家将伝・楊家将演義)』[http://www003.upp.so-net.ne.jp/haoyi/guanhua/classics/beisong.ht 個人Webサイト](東北大学非常勤講師 井上浩一)
*[http://kaken.nii.ac.jp/d/p/07J06913 松浦, 智子 明刊通俗戦記小説の形成における金元代山東軍閥社会の影響-「楊家将演義」を端緒に]
* 『楊家通俗演義(楊家府演義・楊家将演義)』[http://www003.upp.so-net.ne.jp/haoyi/guanhua/classics/beisongyangjia.htm 北宋志伝 個人Webサイト]宋金鎗全伝・楊家将伝・楊家将演義大学非常勤講師 井上浩一]
*[http://yuzhi68.web.fc2.com/yangjiafu.htm 楊家府通俗演義]([[海陽中等教育学校|海陽学園]] 漢文教諭 小山裕之氏による日本語訳) 
**[http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~nikaido/honyaku.html 『北宋志伝』]
*[[東洋文庫|公益財団法人東洋文庫]] 動画[http://124.33.215.236/movie/VIII_1_a_zen/VIII_1_a_zen.html 楊門女将(前)] 撮影 1978-79、画質は比較的悪い。
*[http://www003.upp.so-net.ne.jp/haoyi/guanhua/classics/yangjia.htm 楊家通俗演義 (楊家府演義・楊家将演義)]
*公益財団法人東洋文庫 動画[http://124.33.215.236/movie/VIII_1_a_go/VIII_1_a_go.html 楊門女将(後)] 撮影 1978-79、画質は比較的悪い。
*[http://yuzhi68.web.fc2.com/yangjiafu.htm 楊家府通俗演義]([[海陽中等教育学校|海陽学園]] 漢文教諭 小山裕之氏による日本語訳) 
*[http://124.33.215.236/movie/VIII_1_a_zen/VIII_1_a_zen.html 公益財団法人東洋文庫 動画 楊門女将(前)]
*[http://124.33.215.236/movie/VIII_1_a_go/VIII_1_a_go.html 公益財団法人東洋文庫 動画 楊門女将(後)]
 
 
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