「カストラート」の版間の差分

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Drake ame (会話 | 投稿記録)
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=== 消滅期 ===
前述の様な経緯で廃止、消滅の道を辿った。[[エクトル・ベルリオーズ|ベルリオーズ]]が19世紀半ばに出版した『管弦楽法』の中では、カストラートはすでに「ほとんど完全に姿を消しつつある」<ref>訳文は[[広瀬大介]]訳、[[2006年]]、[[音楽之友社]]、455頁による。</ref>状態だったという。彼はローマでカストラートの歌声に接しておりいるが、件の状況を「それほど悔やまれることではない」としている。
 
[[エクトル・ベルリオーズ|ベルリオーズ]]らによってオペラ演じる俳優の物からオペラ作家と興行主の物なる変わり、次第つれてオペラから凝った技巧は排除されていった。重厚な演奏が重要視されるようになったためそれによって楽器の数が増大したため勝手に台本を変えること困難ったため演じ。その結果、役者は台本通りに演じることを強いられるようになり、オペラの舞台から即興の余地は無くなった。こうしてカストラートは姿を消していった<ref>{{Cite book|和書|author=グレゴリウス山田|date=2017年2月1日|title=中世実在職業解説本 十三世紀のハローワーク|publisher=一迅社|page=169|isbn=9784758032551}}</ref>。
 
記録に残る歴史上最後のカストラート歌手は[[1922年]]に死去した[[アレッサンドロ・モレスキ]]であり、[[20世紀]]初頭の録音が残されているが、年齢的にはピークの時期をおよそ過ぎてからのものである。