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この時期の重然は茶の湯を通じて[[朝廷]]・[[貴族]]・[[寺社]]・経済界と様々なつながりを持ち、全国の大名に多大な影響を与える存在であり、太閤秀吉の数寄の和尚(筆頭茶頭)、次いで二代将軍・[[徳川秀忠]]の茶の湯の指南役にも抜擢されている。
織部型灯篭(キリシタン灯篭)として特色ある灯篭を、好んで用いていたとされている。
 
=== 最期 ===