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補陀落は『[[華厳経]]』の「[[入法界品]]」、『千手経』、『陀羅尼集経』2など、多数の経論に見られる。『陀羅尼集経』の註によると海島ともいい、『[[大唐西域記]]』によると南[[インド]]の海浜の山の東にあるという<ref>{{kotobank|補陀落山|2=世界大百科事典 第2版}}</ref>{{要出典|date=2017年9月29日 (金) 22:55 (UTC)|title=}}。八角の形状をした山であるといわれる<ref name="goo" />。[[興福寺]]の南円堂の円形はこれを模している。
 
[[玄奘]]は『大唐西域記』巻第十で、補陀落〔布落迦〕山は南インドのマラヤ〔秣剌耶〕山の東にあると記している(マラヤ山は[[ケーララ州]]のカルダモン丘陵に当たるとされる)<ref>[[#Sakuma|佐久間 2015]], p. 24. 〔 〕内は原典表記[https://zh.wikisource.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%94%90%E8%A5%BF%E5%9F%9F%E8%A8%98/10]。</ref>。その場所を特定しようとする試みや研究もあり<ref name="Iwanami"/>、[[スリランカ]]があてられることもあった。彦坂周は[[タミル・ナードゥ州]]南端のポディイル山に比定した<ref>彦坂周「[https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/41/2/41_2_999/_pdf 華厳経入法界品と南インドの地名について]」『印度學佛教學研究』第41巻第2号、1993年3月。</ref>。観音信仰が隆盛になると霊地として「補陀落」の名称が各地で広まった<ref name="Iwanami"/>。特に中国では現在の浙江省にある[[舟山群島]]を補陀落([[普陀山]])として遠隔地にまで観音信仰が広がった。
 
また、[[日本]]でも[[熊野]]や[[日光]]が補陀落になぞらえられ、信仰を集めた。なお、日光という地名は、補陀落~二荒(ふたら)~二荒(にこう)~日光となったという説もある<ref name="Iwanami"/>。[[中世]]には、観音信仰に基づき、[[熊野灘]]や[[足摺岬]]などから小船に乗って補陀落を目指す、「[[補陀落渡海]]」が盛んに行われた。