「ムスワティ3世」の版間の差分

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=== 青年期 ===
1968年4月19日、[[イギリス]]から独立する4カ月前に[[マンジニ]]のラレイ=フィトキン記念病院で生まれる<ref>{{cite web|url=http://www.sahistory.org.za/dated-event/king-mswati-iii-born |title=King Mswati III is born &#124; South African History Online |publisher=Sahistory.org.za |date=1968-04-19 |accessdate=2014-04-26}}</ref>。王立学校卒業後は士官候補生としてスワジランド軍に入隊する。1982年12月22日に父[[ソブーザ2世]]が死去すると、ムスワティは王室諮問評議会によって国王に推戴され、1983年9月に王太子となる<ref>Simelane, Hamilton Sipho. (2005). [http://books.google.com/books?id=Ftz_gtO-pngC&pg=PA1521&dq=mswati+iii&client=firefox-a&sig=ACfU3U1mXfP2a6AEMozoXkfZenSyL1_BDw#PPA1528,M1 "Swaziland: Reign of Mswati III," in ''Encyclopedia of African History,'' p. 1528.]</ref>。ムスワティは国王としての教養を身に付けるためイギリスに留学し、その間は父の妻{{仮リンク|ゼリーウェ (スワジランド王妃)|en|Dzeliwe of Swaziland|label=ゼリーウェ}}と{{仮リンク|ヌトンビ (スワジランド王妃)|en|Ntombi of Swaziland|label=ヌトンビ}}が摂政として国務を代行した。
 
=== 国王即位 ===
[[File:President Barack Obama and First Lady Michelle Obama greet His Majesty King Mswati III, Kingdom of Swaziland, and Her Royal Highness Queen Inkhosikati La Mbikiza.jpg|thumb|240px|left|ムスワティ3世夫妻と[[バラク・オバマ]]夫妻(2014年)]]
[[1986年]]に帰国し、4月25日に18歳で即位する。[[ブータン]]の[[ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク]]が即位するまで世界最年少の国王であり、[[コンゴ民主共和国]]の[[ジョゼフ・カビラ]]が大統領に就任するまで世界最年少の国家元首だった。また、日本の[[中曽根康弘]]首相への国王即位式典招待状の宛名が「[[日本国王]]ナカソネ」とされていたため話題となった<ref>{{Cite book ja-jp|year = 1999年|title = 日録20世紀|volume = スペシャル第18巻|publisher = 講談社|pages = pp.27}}</ref>。
 
[[アフリカ]]最後の[[絶対君主制|絶対君主]]として君臨し、父が解散させた議会を復活させるが、立法権は付与されておらず、国王の諮問機関としの役割しか与えられていない。行政権は首相の管轄だが、首相はドラミニ家の人間が就任することが常態化しており、最高裁判所長官も国王によって任命される<ref>{{cite web| title =World Report 2012: Swaziland| work =Human Rights Watch| url =http://www.hrw.org/world-report-2012/world-report-2012-swaziland|accessdate=2016-08-14}}</ref>。また、政党を解散する権限を持ち、議会の決定を拒否することも認められているなど、強大な権限を有している<ref name=mav/>。
 
=== 圧政への批判 ===