「秀吉 (NHK大河ドラマ)」の版間の差分

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===「本能寺」===
[[本能寺]]での信長の最期は、自ら太刀を振るっての殺陣で明智軍を震え上がらせ、燃え盛る炎の中で白装束の信長が「人間五十年」で有名な幸若舞「敦盛」の一節を謡った後、「神か…、神が死ぬか!」と叫び頚動脈を自ら斬り、大量の血を吹き出させながら絶命するという壮絶なシーンとなった。数ある本能寺の映像作品の中で、切腹以外の方法で死ぬ信長の描写は初めてであったという。頸動脈を斬って死ぬ信長は、後年の大河ドラマ『[[功名が辻 (NHK大河ドラマ)|功名が辻]]』『[[軍師官兵衛]]』でも見られる。
 
本能寺に至る理由として、本作では信長による光秀への冷遇(敵地への領地替えや、光秀の母・美が[[八上城]]に人質に取られているにも関わらず、信長が八上城主・[[波多野秀治]]・[[波多野秀尚|秀尚]]を殺害してしまう等)と共に、信長によって長男・[[松平信康|信康]]と正室[[築山殿|築山]]を失った徳川家康、および信長に茶道を冷遇された[[千利休]]の二人が、光秀に謀反をけしかけるという陰謀説を採用している。なお、ストーリーブックに収録されていたあらすじでは、明智光秀が小栗栖で死なずに天海と名を変え徳川家康に仕えたことを示唆する展開がなされていたが、実際に放映された作品では史実どおりに光秀は小栗栖で死んでいる。なお、作中ではその最後を見届けた石川五右衛門の計らいで光秀の首は坂本城に届けられ、届けられた光秀の首を抱えてひろ子が琵琶湖へ入水自殺するという顛末となっている。