「広告写真」の版間の差分

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また、同時代には女性向けの[[化粧品]]等を扱う[[資生堂]]や[[ビール]]などの酒類卸会社、洋式の家具やマットレスなど扱う家具屋、[[石鹸]]などの日用品など、個人消費を対象とする多様な企業も隆盛となる。こうした企業の一部には、販促を目的として自社内に広告部門を設置し、広告カメラマンを置いて撮影する企業もあった。著名なところでは、資生堂の[[光画|井深徴]]などがいる。1930年代のこれら企業内カメラマンが広告写真という言葉を使用した。
 
戦後から人々の生活や経済が回復してゆくとともに、個人消費も回復し、企業が広告を掲載する紙媒体も多様化していった。[[本田技研工業]]や資生堂など一部の上場企業は広告制作部を社内に残したが、広告代理店が出現してTVを含む多様な媒体への取次に特化したことから、次第に企業広告の制作も代理店が担い広告制作会社へ委託するようになってゆく。[[広告代理店|総合広告代理店]]が台頭した[[1980年代]]頃から、撮影が異なるTV用のCM(ムービー)と区分けしてする意味で、コマーシャルフォトの用語も使用されがみえようになった
 
==脚注==