「フェリペ3世 (スペイン王)」の版間の差分

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フェリペ3世の生母アナはフェリペ2世の姪である。オーストリア・[[ハプスブルク家]]との間の3[[親等]]クラスの[[近親婚]]([[叔姪婚]])による出生は、この王から始まる([[教皇|ローマ教皇]]から赦免状をもらっての近親結婚だった)。
 
これは、祖父カルロス1世([[神聖ローマ帝国|神聖ローマ]][[神聖ローマ皇帝|皇帝]]としては[[カール5世]])以来の[[フランス王国|フランス]]との対立や、父フェリペ2世の非妥協的宗教政策、ポルトガル併合が関係する。まず当時、名門スペイン王室と[[貴賤結婚|臣下や格下の諸侯との結婚]]などありえなかった。しかし、ヨーロッパ各地の王侯は次々と[[プロテスタント]]に改宗していたため、彼らとの結婚もできなかった(当時の常識において異端は異教徒より悪質とされた)。同じ[[カトリック教会|カトリック]]教徒の王室として残るのは、フランス王家と両ハプスブルク家、ポルトガル王家だったが、フランス王家とは敵対しており、この時期のポルトガル王家はフェリペ2世が継いでスペイン・ポルトガルの両王国は合一していた。結局、選択肢はオーストリア・ハプスブルク家との近親結婚のみとなった。のちにフランス王家からも王妃を迎えることになるが、それでもやはり選択肢が2家しかないので、近親結婚の問題が根本的に解消されることはなかった。
 
後に[[スペイン・ブルボン朝|スペイン・ブルボン家]]も似たジレンマを抱え込んだ。<!--