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[[11月9日]]、福建同盟会の[[鄭祖蔭]]、[[彭寿松]]、[[許崇智]]、[[陸軍第十鎮]]統制の[[孫道仁]]等により[[福州市|福州]]で武装蜂起した。清朝総督[[松寿]]は自殺し、11月11日に福建での光復が宣言されて福建軍政府が成立、孫道仁を都督に選出した。
 
10月末、広東同盟会会員の[[陳炯明]]、[[鄧鏗]]及び[[彭瑞海]]等は広東化州、南海、順徳、三水などで民間軍による武装蜂起を決行、[[11月8日]]には[[胡漢民]]の勧告の下、広東水師提督[[李准]]及び[[陸軍第二十五鎮]]統制[[済光]]らにより両広総督[[張鳴岐]]に各方面の代表を召集させ広東の独立問題を協議、翌日広東独立が決定された。[[11月9日]]、陳炯明は徽州を占拠、同日広東の独立が宣言されて軍政府が成立、胡漢民を都督に、陳炯明を副都督に選出した。
 
[[11月12日]]、山東煙台同盟会の[[欒鍾尭]]、[[宮錫徳]]等の「十八豪傑」と称される同盟会会員により武装蜂起が決行され、煙台海防営を占拠した。煙台道台[[徐世光]]は武装蜂起を知ると家族を連れ海関税務司のイギリス人<!--梅爾-->公館に保護を求め逃亡、煙台の独立が宣言されて山東軍政府が成立、陳其美が都督に選出された。[[11月13日]]、山東革命党の[[丁惟汾]]の勧告と[[陸軍第五鎮]]統制[[賈賓卿]]等中下級軍官らの強い圧力の下、山東巡撫[[孫宝琦]]は山東の独立を承認、孫宝琦を都督に選出しているが、[[11月24日]]に孫宝琦は独立を取り消すなどの混乱が続いた。
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