「社会学」の版間の差分

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[[ファイル:Emile_Durkheim.jpg|thumb|150px|right|[[エミール・デュルケーム]]]]
[[ファイル:Simmel 01.JPG|thumb|right|150px|[[ゲオルク・ジンメル]]]]
デュルケームは、コントらの社会発展論(近代化論)を「[[社会分業論]]」として受け継ぎ、分業による連帯を「社会的事実の機能的なメカニズム」によるものとして説明する機能主義的な社会システム論を創始した。さらにデュルケムは、実証主義の伝統を継承し、自然科学の方法を社会科学へと拡大することを「[[社会学的方法の規準]]」の根底に据えた。しかし、実証主義は自然科学に対抗するような人文社会科学の方法論を打ち立てるものではなく、社会学の中心思想になることなく、ウェーバー、ジンメル、さらに後にはパーソンズらによって数々の批判を受けることになる。
 
ウェーバーは前世代の近代化論を「資本主義の精神」の理論として受け継ぎ、ジンメルは「[[社会分化]]」の理論として受け継いだ。両者は、ドイツ哲学の伝統に則り(自然科学一元論ではなく)[[新カント派]]的科学方法論に依拠し、方法論的個人主義を創始した。すなわち、ウェーバーの場合には[[理解社会学]]による行為理論を打ち立て、ジンメルの場合は、後の[[シンボリック相互作用論]]につながる[[形式社会学]]と[[生の哲学]]の視点から関係論的定式化を行ない、マクロ客観主義の限界を乗り越える方向へ進んだのである。