「オヤケアカハチ」の版間の差分

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== 生涯 ==
{{See also|オヤケアカハチの乱}}
オヤケアカハチの生誕地は[[波照間島]]で、幼少の頃から豪傑としての頭角を表していたという話があるが、不詳。波照間には生誕記念碑がある。
 
現地の口碑ではアカハチの居宅は現在の大浜公民館の辺りとされる<ref>「情報やいま」2000年10月号</ref>が、一部学者は「[[フルスト原遺跡]]」をオヤケアカハチの居城跡に比定している。
 
== 洪吉童との同一人物説 ==
== 関連する作品など ==
*[[ファイル:Hateruma akahachi.jpg|thumb|right|280px|オヤケアカハチ - [[伊波南哲]]生誕[[叙事詩]]
[[ファイル:Ishigaki furusutobaru iseki.jpg|thumb|right|280px|フルスト原遺跡(石垣市)]]
韓国には、同時期に実在したとされている人物・[[洪吉童]](ホンギルトン)とオヤケアカハチとの「同一人物説」を唱える者がおり、[[源義経#義経=ジンギス・カン説|義経=ジンギス・カン説]]と似たかたちで受容されている。洪吉童は大衆的人気が高く伝統的に小説等で取り上げられるなどしているが、実際にも、盗賊であり朝鮮王朝に対する反逆者であると記録されている。これが八重山諸島に逃れたという「同一人物説」を薛盛景(ソル・ソンギョン/当時・[[延世大学]]教授)と梁潅承(ヤン・コンスン)が唱えている。洪吉童は、尊敬される指導者として民を苦しめる日本政府に対抗して戦い、このような事実が日本の歴史の本にも記されているという<ref>[http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/20030501000023.htm 延世大 ソル・ソンギョン教授 チャムドン小学校で「古典文学」特別講演] 朝鮮日報</ref>。この同一人物説によって、オヤケアカハチがしばしば沖縄県と韓国との友好事業・行事の題材にされることがある。
 
[[2001年]][[5月4日]]には、[[大韓民国|韓国]]南部の長城郡で「洪吉童国際学術シンポジウム」が開かれ、「同一人物説」について日韓の研究者が議論した<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-111918-storytopic-86.html 日韓友好の懸け橋に/洪吉童国際学術シンポ] 琉球新報、2001年5月8日</ref>。ただし、<!--日本側参加者も同一人物説に同意しないか結論は出ないと強調しながらも沖縄と韓国との相互交流と継続的な研究協力についての期待を述べるなどして-->同・シンポジウムについては沖縄県と韓国の相互交流を強調して報道されており、友好行事としての性格が強い。「同一人物説」そのものについては、時期的な一致やフルスト原遺跡から[[韓国の陶磁器]]や古銭が出土した等が根拠として提示されているのみであり<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-113373-storytopic-86.html 「アカハチは韓国の義賊」/延世大教授ら来沖、調査] 琉球新報、2000年4月26日</ref>、日本では「韓国側の思い込み」として否定する声が多い<ref>琉球新報、1998年5月1日</ref><!--否定されていると断言すべきですが一旦、出典の表現どおりに。-->。
* オヤケアカハチ - 伊波南哲の叙事詩を原作に、[[重宗務]]・[[豊田四郎]]が監督し、[[1937年]]に発表された映画(制作:東京発声映画製作所)。
 
2001年[[7月]]には、八重山諸島と韓国との友好イベントとして、オヤケアカハチと洪吉童の同一人物説に基づいて創作された韓国の劇団による「ミュージカル・ホンガワラ」の公演が、石垣市で予定された。しかし、歴史教科書問題の再燃により韓国で日本文化の段階的開放が中断されたため、同公演は直前で中止された<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-109400-storytopic-86.html 韓国劇団が公演中止/アカハチ題材ミュージカル/教科書問題で/石垣市] 琉球新報、2001年7月15日</ref>。
* こども演劇オヤケアカハチ「太陽の乱」<ref>[http://akahachi.ti-da.net/ こども演劇オヤケアカハチ「太陽の乱」]</ref> - オヤケアカハチを題材にして、演出家平田大一が指導。八重山在住の小学校4年生~高校3年生の総勢80名の子供達が歌と踊りと郷土芸能で演ずる現代版組踊りの舞台。
 
史実では、李氏朝鮮の公式記録『[[朝鮮王朝実録|李朝実録]]』燕山君6年(1500年)10月22日に、世間を騒がせた盗賊'''洪吉同'''なる者が捕縛されたとの報告があるのみで(洪吉同の取り調べと罪状報告は12月29日の記録まで存在する)、この名をモデルに書かれたのが『洪吉童伝』である。17世紀初頭の朝鮮の身分制度と社会を風刺した小説で、主人公たちは南海の楽園「粟島国」へ逃亡するという結末である。ただしこの結末は、現実世界での解決が難しいがゆえに、理想郷への逃避を書かざるを得なかった作者の思いであり、実在する沖縄を念頭に置いたものではない。小説自体は作者の風刺の意図を超えて、痛快な義賊小説として多くの平民に愛され、朝鮮人の英雄像の一つとなった。もちろん、史実と小説は別物である。
* [[奥田英朗]]の小説『[[サウスバウンド]]』では、オヤケアカハチの乱を中心としたオヤケアカハチのエピソードがとりあげられている。
 
* 特撮番組「[[ウルトラマン]]」で有名な怪獣「[[レッドキング]]」の名前の由来であるとされる。なお脚本を担当した[[金城哲夫]]は沖縄県出身であり、地球人と宇宙人との板ばさみに悩むウルトラマンを、沖縄県の立場に似ていると解釈したと、後に度々発言している。
 
*[[富山大学]]薬学部により[[シネンセ種]]を基に石垣島で品種改良され、[[2007年]]に品種登録された[[唐辛子]]「アカハチ」はオヤケアカハチにちなむ[http://www.fe-kaji.com/products/akahachi_hiwa.html]。
 
== イベント ==
なお、慰霊祭自体は「アカハチまつり」が始まる以前より、毎年の旧暦3月3日に執り行われている。
 
== 関連する作品など ==
== 洪吉童との同一人物説 ==
[[ファイル:Hateruma akahachi.jpg|thumb|right|280px|オヤケアカハチ生誕の地]]
[[ファイル:Ishigaki furusutobaru iseki.jpg|thumb|right|280px|フルスト原遺跡(石垣市)]]
韓国には、同時期に実在したとされている人物・[[洪吉童]](ホンギルトン)とオヤケアカハチとの「同一人物説」を唱える者がおり、[[源義経#義経=ジンギス・カン説|義経=ジンギス・カン説]]と似たかたちで受容されている。洪吉童は大衆的人気が高く伝統的に小説等で取り上げられるなどしているが、実際にも、盗賊であり朝鮮王朝に対する反逆者であると記録されている。これが八重山諸島に逃れたという「同一人物説」を薛盛景(ソル・ソンギョン/当時・[[延世大学]]教授)と梁潅承(ヤン・コンスン)が唱えている。洪吉童は、尊敬される指導者として民を苦しめる日本政府に対抗して戦い、このような事実が日本の歴史の本にも記されているという<ref>[http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/20030501000023.htm 延世大 ソル・ソンギョン教授 チャムドン小学校で「古典文学」特別講演] 朝鮮日報</ref>。この同一人物説によって、オヤケアカハチがしばしば沖縄県と韓国との友好事業・行事の題材にされることがある。
 
* オヤケアカハチ - [[伊波南哲]]の[[叙事詩]]。
[[2001年]][[5月4日]]には、[[大韓民国|韓国]]南部の長城郡で「洪吉童国際学術シンポジウム」が開かれ、「同一人物説」について日韓の研究者が議論した<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-111918-storytopic-86.html 日韓友好の懸け橋に/洪吉童国際学術シンポ] 琉球新報、2001年5月8日</ref>。ただし、<!--日本側参加者も同一人物説に同意しないか結論は出ないと強調しながらも沖縄と韓国との相互交流と継続的な研究協力についての期待を述べるなどして-->同・シンポジウムについては沖縄県と韓国の相互交流を強調して報道されており、友好行事としての性格が強い。「同一人物説」そのものについては、時期的な一致やフルスト原遺跡から[[韓国の陶磁器]]や古銭が出土した等が根拠として提示されているのみであり<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-113373-storytopic-86.html 「アカハチは韓国の義賊」/延世大教授ら来沖、調査] 琉球新報、2000年4月26日</ref>、日本では「韓国側の思い込み」として否定する声が多い<ref>琉球新報、1998年5月1日</ref><!--否定されていると断言すべきですが一旦、出典の表現どおりに。-->。
 
* オヤケアカハチ - 伊波南哲の叙事詩を原作に、[[重宗務]]・[[豊田四郎]]が監督し、[[1937年]]に発表された映画(制作:東京発声映画製作所)。
2001年[[7月]]には、八重山諸島と韓国との友好イベントとして、オヤケアカハチと洪吉童の同一人物説に基づいて創作された韓国の劇団による「ミュージカル・ホンガワラ」の公演が、石垣市で予定された。しかし、歴史教科書問題の再燃により韓国で日本文化の段階的開放が中断されたため、同公演は直前で中止された<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-109400-storytopic-86.html 韓国劇団が公演中止/アカハチ題材ミュージカル/教科書問題で/石垣市] 琉球新報、2001年7月15日</ref>。
 
* こども演劇オヤケアカハチ「太陽の乱」<ref>[http://akahachi.ti-da.net/ こども演劇オヤケアカハチ「太陽の乱」]</ref> - オヤケアカハチを題材にして、演出家平田大一が指導。八重山在住の小学校4年生~高校3年生の総勢80名の子供達が歌と踊りと郷土芸能で演ずる現代版組踊りの舞台。
史実では、李氏朝鮮の公式記録『[[朝鮮王朝実録|李朝実録]]』燕山君6年(1500年)10月22日に、世間を騒がせた盗賊'''洪吉同'''なる者が捕縛されたとの報告があるのみで(洪吉同の取り調べと罪状報告は12月29日の記録まで存在する)、この名をモデルに書かれたのが『洪吉童伝』である。17世紀初頭の朝鮮の身分制度と社会を風刺した小説で、主人公たちは南海の楽園「粟島国」へ逃亡するという結末である。ただしこの結末は、現実世界での解決が難しいがゆえに、理想郷への逃避を書かざるを得なかった作者の思いであり、実在する沖縄を念頭に置いたものではない。小説自体は作者の風刺の意図を超えて、痛快な義賊小説として多くの平民に愛され、朝鮮人の英雄像の一つとなった。もちろん、史実と小説は別物である。
 
* [[奥田英朗]]の小説『[[サウスバウンド]]』では、オヤケアカハチの乱を中心としたオヤケアカハチのエピソードがとりあげられている。
 
* 特撮番組「[[ウルトラマン]]」で有名な怪獣「[[レッドキング]]」の名前の由来であるとされる。なお脚本を担当した[[金城哲夫]]は沖縄県出身であり、地球人と宇宙人との板ばさみに悩むウルトラマンを、沖縄県の立場に似ていると解釈したと、後に度々発言している。
 
*[[富山大学]]薬学部により[[シネンセ種]]を基に石垣島で品種改良され、[[2007年]]に品種登録された[[唐辛子]]「アカハチ」はオヤケアカハチにちなむ[http://www.fe-kaji.com/products/akahachi_hiwa.html]。
 
== 脚注 ==
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